Yと楽しい草の話
翌日、全く予想通りと言うかなんというか、新聞のちょっとした欄とか地方ニュースの数分間に、花が咲いた人間のニュースが流れだした。直樹がちょっと不思議な優越感を覚える通学路を、チューリップ揺らしながら歩いていたそのとき、自転車を立ち漕いできた友人東野が直樹を呼び止めた。
「おい!直樹、すげぇぞ!」
「どしたい東野、俺はもう槍が降ろうと隕石が降ろうと、マヤの予言の計算間違いで今日地球が終わろうと驚かないぜ」
「じゃあ驚かないだろうけど、一応は言っておくぜ、街中に爆発的に花が咲いている奴が増えてんだよ、見な」
無理やり首を大通りの方向に向けられて筋を違えそうだったが、なるほど確かに、昨日と比べたら格段に多いのではなかろうか。
「な!な!すげぇだろ?どうやら昨日まではうちの高校の連中にしか生えてなかったみたいなんだけどよ、この有様だぜ」
「よく見りゃうちの学校の生徒ほとんど生えてるな」
通学路に目だけ戻すと、これまた愉快な歩く植物園は、肩身が狭そうに歩く高校生たちの頭上にあった。
「一体全体どーしちゃったんだ?」
「まぁよくわかんねぇけど、面白いことにはなってきたみたいだな」
「今日は中田先生はお休みだ」
今朝の朝礼は五組の担任、日本史教師の寺内がつとめていた。
正直言って直樹は結構この教師に好感が持てる。生徒泣かせ泣かせという異名を持った中田を担任に持っていれば、大抵の人間が善人に思えてくるのだが、この寺内は実にあっさりした性格で、生徒がそうしたきゃ出来るように手伝っておいてやるというスタンスを崩さない人間であった。直樹達悪ガキにとっては心強い味方でもあるし、何より、直樹は日本史だけは得意だった。そして彼の頭にもサフィニアがこんもり生えていた。
「なぁ直樹、中田が連れて行かれちゃったのかな?研究所」
「じゃね?先生は生徒を守るのが役目だしな」
「これで平和な高校生活が謳歌できるぜ」
「こらーそこー、先生の話をちゃんと聞いとけーっ、今日の生物は自習だからな。あ、それと・・・この中に長岡の住所わかる奴いるか?この間決まった文化祭の科学部の出し物さぁ、あいつもいねーと決められないんだわ」
直樹が振り返ってみてみると、確かに長岡がいつも座っている場所は空席だ。しかもここ最近はずっとこんな調子である。そういえば寺内は科学部の副顧問だったか。
「あいつ自分のいねーところでこういうの決められるとすごく怒る奴でさぁ、あやうく硫化水素校内にまき散らされるとこだったんだぜ?」
「長岡って中々テロリズムに溢れてんな」
「ノリノリだぜ」
「あ、そういや俺、長岡と一緒の町内会だった」
「お、まじか東野、じゃあちょっとこれ持ってってくれねーかなー」
「んー、まぁ、いいけど」
ていうか朝礼中に自分の用事済ましてんじゃねぇよ。と直樹は思った。