Yと楽しい草の話
直樹の家は高校から少し離れた住宅街の中にある。
「たでーまー」
「おぅ、おけーり」
家で遅めの昼食を摂っていたムサい長兄弘樹は、早めに帰宅してきた弟を驚きの目で見た。が、直樹の方がもっと驚いていた。
「兄ちゃん・・・」
「ふん、皮肉なもんだろ。さぁ笑え、どうした、笑えよ、そして俺をみじめにしてみせろよ」
「んじゃ遠慮なく」
「何笑ってくれとんじゃコルァアアア!」
直樹は、人生で何度目かの理不尽を骨身に染みて感じとった。ぶん殴られて吹っ飛びながら。
そう、兄の頭の上には、ムラサキツメクサが咲いていたのだ。無精髭に深い色のTシャツという出で立ちの彼には、いささか可愛らしい様子で。
ともかく直樹は張り倒された頬を抑えながらも、今日学校であった事を話した。
「そうか、お前の友達連中だけじゃなく中田のアホにも生えたのか」
「ホタルブクロだったよ」
「なんだか・・・春度の高い初夏になりやがったな」
「まったくだよ」
「あらっ、まぁ直ちゃん早いわね、何かあったの?高校に爆破予告でも届いた?」
「夏樹兄ちゃん、今日出勤じゃなかったっけ?寝なくていいの?」
「こんな頭じゃ出勤しても見世物になるだけよ、ただでさえうちのバーは化け物屋敷なのに」
卑屈の色もなく、三番目の兄、と呼ぶには少々気が引けるオカマ兄ちゃん、夏樹はちょっと肩をすくめて見せた。それに連動して頭のアイビーゼラニュウムが揺れている。
「・・・わぁお」
「祐樹お兄ちゃんもよ」
「クレマチスだよな」
「テメー弘樹!夏樹!言うんじゃねーよ!」
と、風呂場から怒号が飛んできたのであるが。
結論から言えば、我らが直樹の三人の兄、弘樹、祐樹、夏樹にも愉快な花が咲いた。
それは直樹のことを笑った後のこと、それぞれがいつも通りの日常を過ごしていたその時、周りから妙に視線を感じる。弘樹は勤め先の上司に言われたとき、祐樹はバンドの仲間に指摘されたとき、夏樹は夜の仕事の準備をしようと鏡をのぞいたその時に、自分の頭の上がかなり平和そうに、それでいて若干バカっぽくなっているのに気が付いた。
幸い家にいた夏樹はともかく、弘樹と祐樹は同僚や仲間に散々バカにされ、少々大人げないが、腹を立ててさっさと家に帰ってきたのである。
兄弟四人が、もう布団を取り払われた居間のこたつテーブルに集まり、頭を抱えた。
「ところでさ祐樹兄ちゃん、なんでこんな時間に風呂入ってたんだ?決まった時間に決まったことしないと気が済まないんだろ?」
「あー、家に帰ってる途中に幼稚園児の悪ガキ共が泥団子投げつけてきやがってよ、全く躾のなってねぇガキが増えたもんだぜ。人の頭に花が咲いてるくらいでよ」
「土ダルマになって帰ってきたもんだからびっくりしたわ」
「庭で土落としてきてーってさ、夏樹ホース持って祐樹追いかけたんだぜ?」
「人を犬みたいに扱いやがって、覚えとけよ夏樹」
「追い出すよりはいいじゃないのよ」
「ふぇー、兄ちゃんたちもひどい目に遭ったんだなぁ」
「直樹もなんかあったのか?まぁその風体で何もないほうがおかしいわな」
「こいつも学校で大変だったらしいぜ、何でも、変な研究所に連れて行かれそうになったんだっけ?クラス単位でよ」
「んまっ!人の弟を実験材料にしようとしてたなんて、日本政府と天地神明が許しても、この八坂のなっちゃんが許さなくってよ!高校に電話してくるわ!何よ、学校でぬくぬく一方的にしゃべってるだけの教師が、接客で鍛えぬいたこの口に敵うもんですか!いっそのこと死んでた方が幸せだったと思えるほどの罵詈雑言を浴びせかけてやるんだから!見てなさい!可愛い弟を酷い目に遭わせようとしただけでも万死に値するわ!」
「夏樹ー、クレーム言うのはいいけど泣かすんじゃあねーぞー」
「努力するわ!」
「『絶対その努力実らない』に國屋の牛丼弁当」
「何だよ祐樹兄ちゃん、俺もそっちにかけようと思ってたのに、賭けにならねぇぜ」
「はーん気が合うなお前等、この俺もだよ」
そしてそれからしばらくして。
だんだんと日が傾きだしたころ、直樹は居間でゴロゴロしながら言った。
「もっと別のものが生えてきてほしかったなー、もっとこう、かっこいいやつ」
「バカヤロー直樹、髪の毛以外の物が頭に生えたらえらいことだろ」
「アンテナが生えたらもう受信料払わなくていいかもしれないわねぇ」
「それもそーだな・・・いや待てそういうもんでもねーだろ」
「ぐちゃぐちゃ考えても仕方ねぇや、今日は飯食って寝ちまおうぜ」
「うん、それがいいそれがいい」
「今日の飯何ー?」
「カレイの煮つけと鶏肉のソテー。あと野菜サラダがてんこ盛りよ」
「ドレッシング切れてたぜ?」
「新しいの買い置きしておいたから大丈夫よ」
頭に花が咲こうと、槍が降ろうとおふだが降ろうと、明日世界が終わるって噂が流れようと、きっと自分の兄弟や友人たちは、いつもどおりの日常を過ごすこととなるのだろう。直樹はそんな不毛な妄想を繰り広げながら、直樹は食器をテーブルに並べていたのであった。