ろんぐ・ぐっどばい
Episode.4
駄目だ。やっぱり即座に俯いてしまう。早矢の顔なんてまともに見れやしない。どう思っただろう? 女が女に告るなんてヘンなヤツだと思ったかもしれない。いやそれより、女子校の性というか、イケな早矢のことだからいろんな女子からのこんな告白は日常茶飯事で、ああ、またかと思ったかもしれない。
涙がとめどなく溢れて頬を伝う。緊張と恥ずかしさで思わず本格的にしゃくりあげる自分が情けない。ふたりの間に横たわる沈黙が永遠に続くかと思われた。
「ありがとう」
しばらくしてようやく早矢が口を開いた。ああ、早矢はなんて優しい。想像(妄想)していた通りだ。泣きじゃくるあたしの頭にそっと早矢の手が触れたかと思うと、優しく撫でてくれたのだ。そんなに優しくされたら余計泣きたくなるよ。
「泣かないでよ。顔あげて」
そういって早矢はチビのあたしに合わせて思いっきり屈んでくれると、自分のハンカチでそっと涙をふいてくれた。思いっきり反則の、不意打ちの優しさだ。あたしは驚いて顔をあげる。そこには今まで見たことない満面の笑顔の早矢がいた。
「さっきの言葉、凄く嬉しいよ。だって……」
早矢の顔がさらに至近距離。心臓がこれまでになく早く打つ。そのまま卒倒しかねないほどに。
「自分も水瀬のことが好きだったから。初めて逢った時からずっと」
自分が今いったいどんな顔をしているのか。想像することすら恐ろしい。泣き崩れ、驚きとこれまでにない嬉しさと、なんだかわからない感情がいっしょくたに入り混ざった、未だかつて味わったことのない、想像を絶するこの気持ち。
「うそ……でしょ? そんなことあり得ない……」
あたしはぽかんと口を開けたまま早矢を見つめた。額と額がくっつきそうなほど、互いの息がふりかかりそうなほど、早矢が何のためらいもなく接近してくる。
「嘘じゃないよ。水瀬と一度だけ話した時のこと覚えてる?」
あたしは思いっきり首を横に振った。話したこと自体は覚えていたけど、内容なんて緊張しすぎてすっかり忘れてた。
「本だよ。水瀬、教室で熱心に読んでたじゃない」
あ!
そうだ。言われて瞬時に思い出した。春先のまだクラスになじめなくて、奈津と仲良くなる前の昼休み。あたしは手持無沙汰でたったひとり教室で「白い薔薇の淵まで」を読んでいたんだ。同性愛者でもある大好きな作家の、同じく女子同士の恋愛を描いた作品。
「なに読んでるの?」
突然前の席に座って訊いてきたのが早矢だった。あたしはものすごく焦ったし舞い上がってしまった。憧れの早矢がまるで仲良い友達にするように、本当に自然に話しかけてくれたから。
「『白い薔薇の淵まで』」
あたしは即座に答えた。声がうわずっていたかもしれない。あたしとは真逆のキャラの早矢は当然本なんか興味ないと思っていたし、同性愛の話なんて早矢が知るわけないと思ったから正直にタイトルを言って。
「ふうん、おもしろいの?」
「う、うん。あたしは大好きかな」
早矢―。と取り巻きが呼ぶ声で早矢は「邪魔してごめん」って言ってそれっきり。
そんな記憶が瞬時に甦ってきた。