ろんぐ・ぐっどばい
Episode.3
「あ、あの……早矢、ちょっといいかな……」
とうとう教室にあたしと早矢とその取り巻きだけになった時、決死の思いできり出した。
声がうわずる。意識するとさらに掠れて声が出ない。取り巻きが一斉に振り返ってあたしを見る。「何? あんたいったい早矢に何の用?」っていう怪訝な顔をして。
「ん? 水瀬、何?」
ああ、早矢の声。あたしに向かって話しかけてくれる早矢の声。
「ちょっと話したいことが……」
ってこの後が続かない。もっとさらっと言えないかな、自分。この何とも言えないバツの悪さ。しーんと静まり返る嫌な間。駄目だ、顔が赤く火照る、声が詰まる。全身から血の気が引いていくのがわかる。
「何? どうしたの水瀬珍しいじゃん、早矢に話って」
バカな取り巻きが余計な事を言ってくれる。あいつらはわかってるんだ。あたしが早矢に気があるってことを。自分達の王子にたかる蠅は一匹たりとも生かしておけない的な凄みであたしを睨んでくる。
沈黙。
あたしはその場に固まってしまい、早矢とヤツらの視線が痛いくらい突き刺さる。凍りつく時間。噛みしめる唇。
「ああ、そういえば本貸してたっけ。持ってきてくれたんだ。さんきゅ」
あたしは呆然として早矢の顔を見た。
「悪い、先に店行ってて。すぐ追いかけるから」
早矢の意外な一言にヤツらは一瞬不満げな顔をしたけれど、王子の言うことは絶対だ。すごすごと教室を出ていく。あたしは何が何だか分からないまま惚けのように早矢の顔を見つめ続ける。教室には早矢とあたしのふたりきり。確実にヤツらが出て行ったのを確かめると、早矢は悪戯っぽく笑いながらあたしをじっと見つめた。
「で、ホントは何の用?」
ボーイッシュだと皆は言うけれど、あたしも今までそう思っていたけれど、至近距離で見る早矢はとても美人だ。きめ細かい肌、無駄な肉なんか付いてない鋭角的な顎の線、薄い唇に切れ上がった眦。そして低く心地良く響く声。あたしはごくりと唾を飲む。今、この瞬間がチャンスだ。頑張れ、あたし。後悔するな。
「あの、あ、あたしずっと、初めて逢った時から早矢のことが……」
恥ずかしくて死にそうになる。俯きたくなる顔を頑張って堪えて涙目になっているのも気にせずじっと早矢を見つめる。早矢は穏やかに静かにあたしに視線を据えたまま、言葉を待っている。
「早矢のことが大好き」