おちていく…
彼氏との別れから、数週間後。
愛子は、明日までに仕上げなくてはいけない資料を作成するため、残業をしていた。
今いるフロアには、愛子以外もう誰も残っていなかった。
いつものことなので、愛子はあまり気にすることなく淡々と仕事をこなしていった。
意外にも、一人の空間が嫌じゃなかったからだ。
あともう少しで仕事が終ろうとした時、課に誰かが入ってきたような気配に気付いた。
愛子は少し躰を強張らせながら、静かに耳をすませた。
10分前、警備員が見回りに来たばっかりだった。
だから、その警備員がまた戻ってくることは考えにくい。
だったら、誰…?
勤務時間が終わり、ドア付近は非常灯の明かりだけ。
愛子は、その薄緑色に灯るだけの薄暗いドア付近を見つめ、固唾を呑んでいた。
姿が見えないのに、足音だけがゆっくり近付いてくる。
愛子は、恐怖で躰が動かなかった。
人は窮地に立たされると、不思議と躰が動かなくなることを、愛子は無情にも知ることとなった。
薄暗い場所から、躊躇うことなく顔を覗かせた不気味な影。