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おちていく…

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愛子は、矢田と過ごした匂いが残る部屋を引っ越した。

そして引っ越しと同時に、矢田との想い出の数々も処分したのだった。


ゴミ袋一つで纏まってしまうくらい、粗末なものだったらしい。

それらは大切な想い出ではなく、嫌悪感にも似たどうでもいいものにもみえた。



恋愛の始まりは楽しくて、矢田が世界で一番素晴らしい男だと思っていた。

強いし、逞しいし、頼もしい、男。

愛子は疑わず、そんな矢田が変わらずいるものだと思っていた。

しかし、現実は違った。

矢田との付き合いが長くなればなるほど、あの理想だった矢田はなく悪い部分だけが目立つ様になっていた。


人間だから仕方ない。

そう言われれば仕方がない。

それでも、自分の前だけでは強くあって欲しかった。

いつも矢田を追い掛けていたかったのだ。

それが、いつの間にか矢田を追い越し、矢田に甘えていた愛子は甘えられる側になっていた。


日々、弱くて女々しくなっていく矢田の姿を見るたび、虚しさが募っていた。


こんなんじゃなかった。

こんなはずじゃ―――。


後悔は、悔いても悔いても後からやって来る。

不貞を働いた、お前が悪い。

そう言って、追い掛けてくるのだ。



苦痛な毎日。

息苦しい毎日。

いつしか自分を押し殺し、ガマンしながら矢田といる自分に気付く。

矢田の愛が重くなればなるほど、愛子は息苦しく矢田(ここ)から逃げたくなる。

それが許されないと分かれば、尚更逃げたくなるのだ。

矢田という男から―――。



だから、これ以上愛する人を嫌いにならないようにしたい。



もう、これ以上―――。





作品名:おちていく… 作家名:ミホ