おちていく…
3、エピローグ
しめやかに執り行われた、矢田の葬儀。
弔問客もまばらになったところで愛子は矢田に焼香をする為、遺影のある霊前へ向かった。
この度はご愁傷様で…
矢田の上司、部長が矢田の妻と挨拶を交わしている。
「これは、部長さん…。本日はお忙しい中、ありがとうございます」
矢田の妻が、深々と頭を下げる。
「これから大変だと思いますが、お気を確かに頑張って下さい」
「ありがとうございます」
「本当に矢田君も、家族を置いて残念でなりません。まさか、川に落ちるなんて…」
「本当にご迷惑をお掛けしまして…。でも、自殺とかじゃなかったので…それだけでも…」
「全くです。では、私はそろそろ…」
そう言って部長は、もう一度頭を下げその場をあとにした。
矢田の死因は、多量に摂取した酒が原因で誤って川に落ちた溺死だった。
警察では事件性はないとして判断され、事故として処理された。
なんとも呆気ない、矢田の幕引きだった。
焼香を終えた愛子は、矢田の妻をチラッと見た。
すると妻は待っていたかのように、愛子に近づいてきた。
愛子は逃げることも出来ずに、同じく妻の元へ歩み寄る。
「この度はご愁傷様で…」
愛子は、妻に頭を下げ挨拶をした。
「いいえ。こちらこそ、お忙しい中ありがとうございます。生前は、何かと矢田がお世話になったみたいで…」
私は何もかも知っているのよ、という顔で愛子を見つめた。
「どんでもありません…。本当に課長には、良くして頂きまして…」
終始うつむいたまま、愛子は受け答えをする。
「そうですか。これからは、新たな人生の始まりですね、お互いに…」
そう言って妻は、薄ら笑いをした。
その顔は、葬儀場では似つかわしくない顔だった。
「し、失恋します…」
妻の顔を見ること無く、愛子は逃げるようにして後ろを振り返る。
その愛子の背中に、矢田の妻は話し掛ける。
「もう二度と、お会いすることはないでしょう。お元気で」
妻の言葉に、愛子は前を見据えたまま何も言わず出口へと歩いた。
もう二度と、お会いすることはないでしょう。
妻の言葉がしばらく耳に残り、愛子は数ヵ月を何事もなく過ごした。
妻の言葉が耳から消えた時、愛子は矢田のいない生活に慣れていた。
いつの間にか、矢田がそこにいたということも忘れてしまうくらい、愛子は平凡な生活を送っていたのだった。