おちていく…
しばらく考えた矢田は、意を決するように言葉を発した。
「んん……、分かった」
「そう…」
矢田の『分かった』は、別れることを了承したものだと愛子は思った。
所詮は不倫の関係。
大切なものは、皆、家庭と世間体なのだ。
そして矢田も、同じだったというだけ。
矢田との別れを決断した愛子は、少しだけ淋しかった。
けれど、心はスッキリしていた。
心のモヤモヤが、少しずつ消えていく感じがした。
「いいよ。愛子を失うくらいなら、俺は家族を捨てるよ」
そう言って、矢田は愛子を真っ直ぐ見つめる。
えっ……?
今度は、愛子が驚く番だった。
「そうだな、今すぐにでもこの街から出ようか。ここじゃ、二人で暮らすには知ってるヤツもいるから無理だしな」
そう言って矢田は、ベッドから立ち上がり身支度を始めた。
「ま、待って!」
愛子は慌てて、矢田を止めた。
「そ、それは…何でも急すぎるわ…」
「しかし、そうと決めたなら早い方がいいだろう?違うか?」
「こんな時間だし、どこにも行けないわ」
深夜1時。
交通機関といえば、タクシーくらいなものだ。
「そうか…」
矢田は諦めたように、ベッドに座り込んだ。
「三日後は、どうかしら?」
愛子が提案した。
「三日後?」
「そう、三日後。もしどこかに行くにしても、このままじゃ周りに迷惑掛けてしまうわ。だから、色んなことをしっかり終わらせたいの。それって、ワガママかな…?」
「い、いや…。愛子らしいよ。分かった。俺も仕事だけは最後までやっておきたいし、辞表願も書かなきゃな。じゃ、そうしよう」
「ありがとう…。これからはずっと一緒ね…。嬉しい」
そう言って愛子は、矢田に抱き付いた。
愛人として、一番聞いてはいけないこと。
奥さんと私、どっちが好き?
奥さんと私、どっちが大事?
奥さんと別れて。
帰らないで、今日だけは一緒にいて。
困るのを知っていて、意地悪をして聞いてしまう。
だって、独占したいから。
だって、奪いたいから。
だって、好きなんだもん。
奥さんより、愛しちゃったんだもん。
だから仕方がないでしょ…