おちていく…
課長、おはようございます。
出社した矢田に、それぞれ社員が挨拶する。
それに紛れて、愛子も矢田に挨拶をした。
矢田とは、数時間前まで一緒だった。
その矢田の顔を、愛子はまともに見ることが出来ないでいた。
もし顔を見てしまたったら、あの矢田とのめまぐるしく過ぎ去った
性愛にまみれた時間を思い出してしまう、と愛子は思ったのだ。
思うだけなら、まだいい。
体の奥底に残る疼きがまた再燃してどうしようもなくなってしまったら…、
と愛子は思った。
さぁ、仕事、仕事。
ちゃんと、仕事をしなきゃ。
愛子は何かを振り払うかのように、そう呟いた。
今は、会社の課長。
上司と部下の関係。
愛子は、数時間前の記憶を押し込んだ。
なのに、さっきまで一緒にいた記憶がふとした瞬間に蘇ってしまう。
振り払っても振り払っても、雄の矢田が愛子を何度も何度も突き上げ交わり合う残像のカケラが消えなかった。
会社では絶対に見せない雄の矢田と、今、目の前にいる上司である矢田と重ねてしまう。
そのたびに襲われる衝動は、もどかしくて切なすぎる。
これからの二人の関係があまりにも曖昧すぎて、幸せなはずなのにどこか不安でもあった。
たった一度きりの関係かもしれな。
いや、私達はこれから付き合っていく、かもしれない。
けれど、どちらにせよ私達の未来が暗いのは事実。
それなら、何もなかったかのように忘れればいい。
私達は何もなかった。
そう、愛子は結論付けた。