おちていく…
「課長…?そろそろ帰らないと…奥さんが…」
そう言い掛けた愛子の口を塞ぐように、矢田がキスをした。
時間は深夜過ぎ。
二人の欲情は、後から後からやって来ては互いに求め合い、とどまることを知らない。
どんなに果てたとしても、すぐまた躰が求めては欲しがる。
そんな繰り返しを何度かしていくうちに、欲情が二人を追い越し消えていった。
「いいんだ。気にするな」
矢田は、愛子の髪をそっと撫でた。
気にするな…
と言われても、愛子はやっぱり気になる。
「課長…?私、そろそろ帰ります…」
矢田の掌を振りほどくかのように、愛子はベッドから立ち上がった。
「行くな…」
振りほどいたはずの愛子の腕は、矢田にしっかり掴まれていた。
背中に感じる矢田の視線に、愛子は矢田の顔を見ることなく
「これ以上…一緒にいたら…、もっと、一緒にいたくなる…から…」
と言って、矢田の掴む腕を振り払った。
それでも矢田は、愛子から離れようとはしなかった。
「いいよ。愛子がそう言うなら、朝まで一緒にいるよ」
「な…何、言ってるの…?バカね…」
振り向いたりしない。
そう決めたはずなのに、矢田の言葉に驚いて愛子は後ろを振り返っていた。
「嘘でも冗談でもない。本気だ」
どんなに振り払おうとしても振り払うことの出来ない矢田の掌が、グイッと自分の躰へと引き寄せた。
愛子はバランスを崩し、矢田の胸に倒れる。
矢田の胸の中にすっぽりと収まる愛子を、二度と離さないというようにギュッと抱き締めた。
「まだ、帰りたいのか?愛子…」
そんな淋しそうな声で言わないで…
矢田の悲しげな声を聞いた愛子は、もう何も言い返すことが出来なくなって、ただただ首を振り続けた。
「ありがとう…」
強い顔、弱い顔、笑った顔、悲しい顔、会社の顔、外の顔…
まだまだ知らない、矢田の顔。
無防備過ぎる矢田の寝顔を見ると、愛子は安心して隣で眠ることが出来た。
おやすみ… 課長…
矢田の寝顔に、愛子はキスをした。
疲れ果てた躰を起こし、愛子は一人矢田を残しホテルを後にした。