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おちていく…

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「青山君。ちょっと」

厳しい顔をして、矢田が愛子を呼んだ。


矢田に呼ばれたのに立ち上がる気配がない愛子に、同僚の吉田香織が気付く。

「愛子…?愛子ってば…?」

小声で愛子の名を呼び、躰を揺する。


えっ…?

「んん?な、何、香織?」

愛子は、香織に呼ばれて我に返った。

「何?じゃないわよ。課長が呼んでるわよ…」

更に小声で耳打ちをして、愛子にだけ見えるように香織は矢田のいる席に指を差した。


えっ、嘘?

慌てて愛子は立ち上がり、矢田の顔をチラッと見た。

矢田と目が合い、躰がすくんだ。

行かなきゃ。

課長の元に行かなきゃ…

でも、そう思っても躰が思うように動かない。


「大丈夫、愛子…?熱でもあるの?」

不自然な愛子の姿に、香織は心配して愛子の躰に触れた。

「だ、大丈夫…。ゴメン、ちょっとボーっとしちゃって…」

「愛子、何か躰が熱っぽいわよ。風邪?本当に、大丈夫?」

「うん、大丈夫。ホントに、大丈夫よ」

熱っぽいのは、風邪をひいたからとかじゃない。

矢田の視線が、愛子を熱くさせていたのだから。

そんな躰を隠すように、愛子はゆっくり矢田のデスクまで歩いて行った。


落ち着け… 、落ち着け…

そう呪文を繰り返しながら―――。






作品名:おちていく… 作家名:ミホ