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 市役所の近くにある海沿いの公園を歩きながら、二人は話していた。遠くに見える工業地帯の明かりが、まだ暗くなりきっていない空に対して大袈裟なくらい、煌々と光っている。
 二人は、互いの近況について話した。毎日のようにやってくる酔っ払いの老人がリフレッシュ中に乳首を強く噛んでくるのが嫌だ、という話を千穂理がすれば、大仏のような社内の幹部に手篭めにされたと、いう話を村田がした。
「ほんとに今日はお互い大変だったね。口直しにさ、久しぶりに僕達、リフレッシュでもしてみる? なんてね」
「懐かしい。最後にしたの、大学生のときだよね。でも、あっちゃんのがどんなだったか忘れちゃったし、後でちょっとしてみてもいいかも」
会って最初に感じた気まずさはすっかり無くなり、まるで、二人の間には何事もなかったかのような、幸せな時間が流れていた。
「ねえ、今日は何の話をしにきてくれたの?」
 途切れなかった会話の途中、一瞬生じた少しの間にうまく入りこむような形で、千穂理が村田に質問をした。
「大仏のようなおばさんがバキュームカーのようにすごい音を立てて僕のペニスを吸う話」
「うそ、ばか」
「ごめん、うそだよ。本当のこと言うね」
 村田は心の中で深呼吸をした。
「僕は本当に駄目な奴だ。いつまで経っても、自立して生きていく覚悟を決められなかった。ひょっとしたら、これからも心はふらふらするかもしれない。でも、こんな僕でも、一つだけ失いたくないものがある。それが千穂理だ。ずっと前から気付いていたのに、怠惰過ぎる僕は気付かないふりをしていた。僕はもう逃げない。千穂理のことを大切にする。千穂理は僕にとって必要だ。だから、どこにも行かないでくれ」
 言いながら緊張がエスカレートしていき、後半にいくにつれて、かなり早口になった。最後の方は、半ばお願いするような、情けない口調になってしまった。
 それでも、千穂理は目に涙を浮かべていた。
「私、あっちゃんのこと大好きだよ。あっちゃんが辛いときは、私も一緒に悩んで乗り越えるよ。人生の覚悟なんて、私なんかのために急いで決めなくてもいいんだよ。だからね、私から離れていこうなんて思わないで。私はたった一言聞きたかったの。千穂理と一緒にいたいって、そう言ってほしかっただけなの。ごめんねあっちゃん」
 千穂理の目からいよいよこぼれ出した涙が頬を伝わりきらないうちに、村田は千穂理を抱きしめた。自分の腕の中で、ひたすら、「ごめんなさい」とつぶやく千穂理に、もうそれ以上、謝ってほしくなくて、千穂理の口が自分の胸でふさがるように、強く抱きしめた。
「俺の方こそ、ごめんよ。千穂理、これからずっと一緒に…」
 そのとき、腕の中にいたはずの千穂理が突然、一瞬にして数mほど向こうに離れていった。いや、違う。離れていったのは村田の方だった。村田は強い力で千穂理から引き離されたのだ。何が起こったのか分からず、一瞬、千穂理に突き飛ばされたのかと思ったが、違った。後ろから肩をつかまれ、引っ張られたのであった。千穂理がこちらの方を見て、唖然とした表情を浮かべている。村田が振り返ると、スーツ姿の男が二人がかりで、自分を取り押さえていた。
「な、何なんですか…」
 二人の男は答えなかった。代わりに、そのすぐ後ろから、別の男の声が聞こえてきた。首をひねって見ると、長身でこれまたスーツ姿の中年男が、携帯電話を使って誰かと話している。
「はい、ただいま身柄を確保しました。今からそちらに連行します。それでは」
 電話を切った男は、羽交い絞めにされたままの村田の前に歩いてきた。
「会社に電話してお前のことを聞いたら、早退したと言われたから、てっきりこちらの動きを読んで国外逃亡でもされたのかと思ったぞ。まったくヒヤっとさせやがって。まぁいい。村田篤、お前を喫煙罪で逮捕する」
 村田の心臓が、はち切れそうなほど強い鼓動を打った。
          ○
「ほんとになんてことしてくれたんだよ…。明日からのアルミ部の管理はどうすればいいんだ…。やるんならばれないようにやってくれよ…」
 小池は、デスクで頭を抱えて、ぶつぶつと独り言を言っている。それもそのはずであろう。ただでさえやっとの思いで仕事を回している部内から、一担当者が突然いなくなってしまうことが決定したのだから。もっとも、事態を重く受け止めているのは管理職など一部の人間だけで、特に若人達は、退屈な日常に突如舞い込んできた非日常的なニュースを、内心楽しんでさえいた。
 新入社員の高橋が、少し離れたデスクに座っている横井に近付く。
「横井姉さん、村田さんのこと通報したの、姉さんらしいじゃないですか」
「えー、もうそんなに情報が広まってるの。やあねえ。なんか私が悪者みたい」
「そんなことないですよ。極悪非道の喫煙者を摘発したんですよ。あんなタチの悪い麻薬は他に無いですからね。村田さんが会社を去ることの損失なんかより、もっと重要な問題です。グッジョブ!ですよ姉さん」
「ほんとあんたって、普段は猫被ってるくせに調子の良い子ね」
「健気な振りしてると色々便利っすから。それにしても姉さん、キスしたときの口臭から、村田さんが喫煙者だってことを見破るなんて、すごい嗅覚してますね」
「あら、あんたに言ってなかったけ。実はね、私が昔付き合ってた、元彼の元彼のさらに元彼かな、そいつも煙草吸ってたの。私に隠れてね。もともとだらしないやつで、酒飲みだし、私に暴力も振るったし、最低な奴だったんだけど、ある日私が家に帰ったら、先に部屋に来てた彼が、一人で飲んだくれて酔っ払って、私の部屋で煙草吸ってたのよ。そこで初めてそいつが喫煙者だってこと知ったの。もう、ほんとに最低じゃない? 私にあの有毒な煙を吸わせたのよ。私が癌になったらどうするつもり? もう即行で部屋を飛び出して通報してやったわ。こないだ村田さんとキスしたときに、その最低な元彼と同じ口臭がしたの。ほんとに一瞬で分かっちゃったわ。口臭対策してたのかは知らないけど、経験者の私はごまかせないわよ。煙草吸うやつなんてみんな消えちゃえばいいのよ」
「ひええ、そうだったんですか。姉さん、男運無いですねえ。まぁとにかくこれで村田さんはもう会社には戻って来れませんね。もともと影の薄い人だったし、別にいてもいなくても変わらなさそうですけど」
「あら、村田さんはあれで結構仕事はできたのよ。それに、リフレッシュ自体は割と上手だったんだけどな。ちょっと早いのが玉にキズだけど」
「そうなんですかぁ。まぁ、そんなことより姉さん、定時の時間になる前に、一発いっときましょうよ」
「何言ってんの。あんたクラミジアでしょうが。」
「もう治りかけてるから大丈夫ですよ。それに、この前みたいに生を要求したりとかしませんから。ちゃんとゴムつけますよ」
「課長に見つかったらあんた怒られるわよ」
「じゃあ見つからないように、上の階のリフレッシュルーム行きましょ」
「もう、ほんとにあんたって子は」
 二人は立ち上がり、連れ立ってフロアを出て行った。
作品名:Refresh 作家名:おろち