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「いつから服用しているんだ?」
「半年前からです」
「吸おうと思った動機は?」
「…仕事や人生の悩みで疲れていて、つい手を出してしまいました」
スーツを来た男達に連行された村田は、警察の取り調べ室にいる。公園で長身の男から逮捕宣言を受けた瞬間に、とりあえず、抵抗しても無駄なのだろうということは悟った。連れ去られる際、千穂理の方を一瞥すると、彼女はしゃがみ込んで、泣き崩れていた。情けなさと罪悪感のあまり、結局何も言葉をかけることができないまま、村田はその場を離れた。もう、本当にこれで、千穂理からも見放されただろう。なんたって自分は、「喫煙者」なのだから。
「留守中に家宅捜索してすまなかったな。ベッドの下の収納ボックスの中からがっつり押収させてもらったぞ。がはは。煙草は中毒性が強い上に、副流煙によって一般人にも被害が及ぶ凶悪な麻薬だからな。疑わしきはどんどん調べていかないと。がははは」
喫煙者の自分を逮捕したことが、署内でかなりの手柄となったのだろう。長身の刑事はひどくご機嫌だった。
うかつだった。村田が住むマンションの部屋の両隣は、片方が空き家で、片方の隣人は夜勤だから、ベランダで喫煙する際も、臭いでばれぬよう、隣人が留守になる時間帯を選ぶよう心がけていた。それなのに、まさかリフレッシュのキスから足がつくとは。
いや、本当の所は村田も、その心配を全くしていなかったわけではない。いくら口臭対策をしていても、勘と嗅覚にすぐれた人間に、喫煙者であることを疑われる可能性は、0ではなかった。初めから村田も、心のどこかで、そのリスクは認識していた。
しかし、だからどうだと言うのだろう。そんな不確実なリスクを恐れて、日々のリフレッシュの楽しみを放棄することなど、一体、誰にできるというのだろうか。リフレッシュへの欲望を抑えるなんて、健全な人間のすることではない。
村田にとって、それは、煙草についても当てはまることだった。こんなに気持ちが良くて、こんなにすっきりするものを、なぜ皆して我慢しなければならないのだろう。誰もが公然と喫煙を楽しめるようになればいいのに。そうすれば、この世界は、もっとハッピーになるんじゃないだろうか。村田は、割と大真面目に、そう思うのであった。
「被疑者の村田くん、君は煙草をどうやって手に入れたんだい?」
「それは…」
「正直に言いなさい」
「…言えません」
「言い逃れできる状況じゃないことが分からないのか? さぁ、言いなさい」
「言えません」
「…ならばしょうがない」
刑事は携帯電話を取り出した。
「もしもし、こちら取調室。口割係を至急頼む」
それだけ言って刑事は電話を切った。2分と経たないうちに、スーツを着た五分刈りの屈強な男と、胸元の大きく空いた制服にミニスカートという警官のコスプレみたいな恰好をした若い女が、部屋に入ってきた。
村田が呆気にとられていると、屈強な男は村田の後ろに回り込んで、椅子に座ったままの村田を羽交い締めにした。女は村田の前にひざまずき、おもむろに村田のズボンのチャックをおろす。
「な、なにを…」
「がははは。さぁ被疑者の村田くん、君は煙草をどうやって手に入れたんだい?」
「…言えません」
「そうかそうか、では始めてくれ」
女は、こんな状況にも関わらず早くも屹立している村田のペニスに手を添えた。村田の息遣いが荒くなる。女は、上目遣いで艶やかに微笑んだかと思うと、ペニスを握った手をゆっくり動かし始めた。
「ちょ、ちょっと待っ…」
女の手の動きが加速していく。村田は突然の事態にパニック状態のまま、それでも押し寄せてくる快感から逃れることができず、身悶えた。快感の波はあっという間に昇りつめていく。まずい、このままでは射精してしまう。状況が飲み込めなさ過ぎてそれがまずいことなのかもよく分からなかったが、とりあえず公衆の面前で射精することが恥ずかしいことなのには変わりなかった。
しかし、もう我慢できない。もう止められない――。
ピタッ、と、女の手の動きが突然止んだ。村田はまたもや呆気に取られる。加速度的に上昇していた快感の波は停滞し、股間の内側が排出すべきもので満ちているような、そんな不快感が村田を襲った。
「ちょ、ちょっと、あの…!」
「村田くん、もう一度聞くよ。君は煙草をどうやって手に入れたんだい?」
「…言えません!」
「そうかそうか、ではしょうがないなぁ」
女は、艶かしい笑顔で村田の目を見ながら、中指で2、3回、ペニスをはじいた。欲望が村田を駆り立てる。たまらなくなった村田はとうとう、自分の手でぺニスを刺激しようとしたが、両腕は後ろから屈強な男にがっしり押さえつけられていた。女は、今度はゆっくり口を開き、舌先でペニスの先端をちょろっと撫でる。
もう限界だった。
「友人です」
「なんだって?」
「中学時代の友人が、煙草の密造をしています。彼に勧められて買いました」
刑事がニヤッと笑った。女が再び村田のペニスを握り、高速でしごき始める。一度は宙に散らばってしまった快感が再び凝縮して大きな波となり、瞬く間に絶頂がやってきた。
村田のペニスから勢いよく精液が飛び出す。半径1m以内に飛沫が飛び散った。一部の飛沫は女や村田自身の顔や服に付着した。ミサイルのような第一陣の射精のあとも、ドクドクと白いペースト状の液体が溢れだし、女の手を汚していく。ペニスは、ドクドクと脈打ちながら、急激な早さで縮小していった。
「はい、御苦労さま」
刑事が意地の悪い微笑を浮かべながら言った。屈強な男が村田から離れる。先ほどまで妖艶に微笑んでいた女は、村田が射精を終えると急に無表情になり、ポケットからウェットティッシュを取り出して、自分の手と服についた精液を拭うと、屈強な男と共にとっとと部屋を出て行った。
「じゃ取り調べは一旦休憩な。そこの棚の上にティッシュがあるから、ちゃんと自分で掃除しとけよ」
刑事はそう言い残し、部屋の外から鍵をかけ、どこかに行ってしまった。
ひとり取り残された部屋の中、村田の心は虚無に満ちていた。悲しみも絶望もない、ただの虚無だ。何を考える気力も起こらず、殺風景な室内をとりあえず見渡すが、心を動かしてくれるものは何もない。室内を一通り移動した視線は、最終的に自身のペニスに止まった。白い精液にまみれ、力無くふにゃんと横たわるその姿からは、つい先程まで、エネルギーに満ちて勇ましく膨張していたはずの面影が、どこにも感じられない。こいつはまるで、今の自分、そのもののようだ。村田はそんなことを思い、自嘲気味に笑った。