スキスキスキ
ある日、私の生活が変わることとなった。
数年前に連れ合いを亡くした親が、家を譲ると言ってきたのだ。
てっきり一緒に住んで欲しいものか思えば、知り合った友人とホームに暮らすと言い出したのだった。
かといって、近代的な介護施設とは違い、都会から離れ、鍬や鋤を持ち出して自給しながらのんびり過ごすらしい。
「都会には疲れた」
都会に疲れたと言っても、親の家は郊外にある。
家を譲ってもそこは売らないでくれと好き勝手我儘なことを言う親の頼みで住むことになったのだ。
私の通勤にはさほど影響がある場所でなかったが、何となく踏み切れずにいた。
ママにその話をした。
「まあ素敵ね。遊びに行っちゃおうかしら」
なんて、微笑むもんだから、私の意思はすぐに固まった。
何処かしこ傷みのきている家屋の修繕と改築をすることにした。
本当にママが訪ねて来てくれればとも考えた。
そんな期待をしながら、改築の案をママと話すのが楽しかった。
私の好きな縁側の隣の和室には、数寄屋風の床の間を作ることにした。
「私の趣味なの」
ママが、巻紙を私に渡したのだ。
「和紙?」
「そう。手漉きの和紙。私が漉いたのよ。お祝い代わり」
「綺麗だね。凄いな」
「こんなものだけど、何処かに使える?敷物にでもして」
「え?これ敷くの?勿体無いよ」
「この店のコースターは、私の漉いた和紙よ。あらら、気付いていなかった?」
「あ、本当だ」
「汚れたらぽいっ。可燃ゴミね。エコでしょ」
ってな調子だ。
半円形の明かり取りの小窓に、その和紙を使おうと思ったからだ。
だが、それは厚みがあり、ママは違うのを漉いてくれた。
いつか見たきものの柄のように ススキと蜻蛉のような模様がはいっていた。
少し予定時期は過ぎたが、住み良くなり、ママの案を取り入れた空間にも満足した。
私は、ぜひママにその部屋を見せたくなり、写真を数枚持って店を訪れた。
相変わらず、客は居ない。だが、それが好都合だった。
私は、胸ポケットから写真を取り出そうとしたが、ふと思い留まった。
「見に来ませんか?」
「え?」
「見に来ませんか?部屋?」
ママは、すぐに微笑んでくれた。
「伺っていいの?いつ?」
「えっと……」
言い出した私のほうが戸惑っていた。
「私が住んでいるときなら……あ、可笑しいな。ははは」
「では、今度のお休みの日が晴れていたら伺います」
「何で晴れ?」
「だってそうでしょ」
その時は、合わせて頷いて見せた私だったが、わからなかった。