スキスキスキ
彼女に出会ったのは、表通りから入り込んだ路地にある店だった。
カラオケ店と派手なネオンの飲み屋の隙間にある小さな店。
私は、学生時代を懐かしんで入り込んだ道で偶然見つけたのだった。
歩き回ったが、捜している店は見つからない。
いっそ何処かで聞いてみようと、覗いたのだった。
店内もこじんまりとしていて、カウンターに数席。テーブル席もボックスが三席ある程度。
しかもそこは、空き空きの状態。客など居ない。
「いらっしゃいませ」
「あ、いえ、客じゃないんです」
「あら、そう。何ですか?」
この店のママ? 女将? たぶんそういう女性だろう。
私に向けられた笑みは優しいものの すきを見せないほどしっかりした感じだった。
きっと、女ひとり、店を営むくらいだ、それなりの覚悟があったのではないかとその後思うようになった。
私は、少しカウンターに近づき、その女性に尋ねた。
「以前、この辺りにあった店なんですけど…」
「何というお店?」
「えっと確か『スキップ』とか言ったかな。知りませんか?」
「詳しくはないけれど、この道の袋小路辺りにあったのがそうかしら?今は空き地よ」
「そうですか?ありがとう」
「残念でしたね」
「ええ。あ、一杯飲んでいっていいですか?」
女性は、微笑んでおしぼりを差し出した。
「どうぞ。ここはそういうお店ですから。カウンターで宜しい?寂しいから」
「ママさんですか?」
その女性は、横に少し傾げるように頷いた。
私は、勧められたカウンター席の真ん中から左寄りに座った。
第一印象でママの右側からの横顔が気に入ったからだ。
透き通るような白い肌。
化粧に詳しくはないが、目元に入れた色が瞳を艶やかに見せているようだ。
輪郭のはっきりした唇に、程よい紅色が似合っている。
色気を感じるのは……。
そうだ。ママのきもの姿だ。
全体は見えないが、肩口にススキの穂と蜻蛉が描かれていた。
私は、ひとめぼれといっていいほど、ママを好きになった。
「何にしますか?」
「えっと、ハイボール」
「これでいいかしら?」
ママが、ウイスキーのボトルを手にして聞いた。
「ええ」
ママとふたりだけの話は楽しく、時間が過ぎるのが早かった。
「あ、そろそろお店閉めてもいいかしら?」
「そんな時間ですか?すみません」
「いえ、いいのよ。看板の明かり消すだけだから。もう少し飲む?」
ママからひとりの女になったら、私の理性が……自信がない。
これっきりに隙(げき)を生ずるかつけ入る機会と思われたくはない。
「いや、また来ます。楽しい時間でした」
私は、あっさりと帰る仕度をして店を出た。
それ以来、この辺りに足を向けると、立ち寄っている。
正直にいうなら、ママに会いたくなって立ち寄るのだった。