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●Intermezzo（彼を好きになったのは）

「視線を感じる……ねぇ。警察には？」

　大学二年に上がる直前の三月。
　私は、最近感じるようになった視線について、由佳に相談に乗ってもらっていた。
「ううん。実際に何かされたわけじゃないし、人影をみたわけでもないから……」
　相談料のホットカフェオレは、あっという間に飲み干されてしまったみたいで。
「相手にされなかった男が未練がましく付き纏ってんじゃない？」
「ゆかぁ……そんなこといわないでよぉ……」
　考えただけで怖くなる。
　ずっと想ってくれてるっていう気持ちは嬉しいけど、何事にも度合いって大事だと思うの。

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　彼を好きになったのは
　　【河合　奈津美】
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「で、大学に入って何人に告られたんだっけ？」
　由佳は空になった紙コップを持て余している。
「五人……かな」
「一年で五人ってなかなかのもんだと思うよ？　合コンに行ってなくてそれでしょ？」
　みんなでカラオケに行ったりするのは楽しいんだけど、“合コン”という出会いを求めたり、男女の仲を深めるような場には、できるだけ参加しないようにしている。
「だから困ってるのよ」
　相手をその気にさせたりしているのなら、自業自得と諦めたり、開き直ったりもできるけど。
「逆に遊びまわってみるとか？」
「それはイヤ」
　わたしは即答する。
「合コンで彼氏を作れば、守ってもらえるじゃない」
「そーだけど、合コンはイヤなの」
　楽しいのは好きだけど、合コンはイヤ。だって、わたしには心に決めた人がいるから。
　その人は、合コンには参加しない人だと聞いた。だから、わたしも行かない。
　まだ彼とはほとんど話したことがないのだけれど、占いによれば、今年中に急接近する出来事が起こるはずなんだ。
　ただそれを待ってるわけじゃないんだけど、行動を起こそうにも、どうすればいいのか分からない。
　いきなり知らない人に「好きです！」って言われても、困るだけだと思うんだ。わたしだってそうだったから。
　気持ちは嬉しいけど……やっぱり困る。
「合コンの話はもう終わり。真剣に悩んでるんだからね！」
　由佳は腕組みをして、うーんと頭を捻らせる。
「あの女さえいなければ、あの人は私だけを見てくれるはずってやつとか？」
　それは怖い。
「敵意っていうの？　“憎い！”みたいな感じはしないの」
「だったらさ？　話しかける勇気が無くて、遠くから見守ってるってことなんじゃ？」
「んー。そーいう感じでもないと思うんだけど……」
「じゃあ何なのよ？」
　それが分からないから相談してるのよー。
　……てるのよー
　……るのよー

　心の叫びは冬の空に吸い込まれていった。


「冷静に見てるのよ。観察されている感じ」
「ふーん。話しかける勇気がなくてウジウジしてる男なら知ってるけどね」
　ハイ。わたしも話し掛ける勇気なんかございません。ウジウジしている間に一年も過ぎてしまいました。
「お、噂をすれば。ちょっと待っててね」
　由佳は立ち上がって駆け出した。
「え？」
　由佳が向かう先にいた人物に、わたしは驚きを隠せず自分の目を疑ったりもした。
「ユウー！　やっぱ明日にするからさ、よろしくね！」
　由佳は彼の肩を遠慮なしに叩いている。
「井上クン……」
　周囲に誰もいなくてよかった。
　わたしは無意識に彼の名前を呟いてしまっていた。
　わたしが彼を好きなことは、誰にも言ってない。周りが先に盛り上がってしまった恋は、上手くいったことがないから。
　由佳が戻ってきた。
「ごめんね、話の途中に」
　胸が苦しい。わたし、由佳に嫉妬してる。
「今のヒトは……由佳のカれシ？」
　声が裏返ってしまった。
「アイツとあたしが？　冗談やめてよ」
　わたしはすがるように由佳の目を見ていた。
「ただの幼馴染みよ？」
　ダメ、動揺が隠せない。
「ホントに付き合ってないの？」
「だからそんなんじゃないって」
「ホントに？」
「ホントに」
　そこで由佳は、ついに気が付いたらしい。
「……ハ？」
　わたしの顔は、誤魔化しようのないくらいに真っ赤に染まっていた思う。だって耳が熱いんだもの。
「も、もしかして？」
　もうダメ。顔を上げていられない。
　わたしは頷いた。それ以上は何もできない。
「エエエェェェェーーーー!?」
　由佳の絶叫が響く。由佳にはちゃんと伝わったみたいだ。
　良かった。胸がスッキリした。
　由佳とライバルになっちゃうかと思った。ホントに良かった。
「アイツのどこが……少し背が高いぐらいで……他には……」
　由佳はブツブツと何かを言っている。こんなに嬉しい日はない。
　ワタクシこと“河合　奈津美”と、わたしの想い人“井上　祐”の接点が見つかったんだから。
　更に絶好調を極めたわたしは、第六感神経がメキメキと音を立てて活性化していくのを感じていた。
「『噂をすれば』ってどういうことかなー？」
　由佳の顔が引きつる。明らかに、しまった、と書いてある顔だ。
「ユカチャーン、何かお飲みになりますぅ？」
　こんなに幸せな日はない。一年間ずっと片想いのままで全く進展しなかったこの恋が、実は両想いだったなんて！

　＊

　彼を好きになったのは、もっとずっと前のこと。実は彼とは大学で初めて会ったわけじゃない。といっても、わたしが一方的に見かけただけなのだけれども。
　高校三年生の十一月、ちょうど秋から冬に移り変わる頃だった。
　当時のわたしには、一応彼氏がいた。一応というのは、なんとなく付き合っているだけだったってこと。
　その前に付き合っていた人が、本当に大好きで。大好きだったんだけど、夏にフラレてしまって。
　失意のどん底にいたわたしは、そのとき優しくしてくれたその人と付き合うことになったんだ。
　忘れさせてやるって、大事するって言ってくれたけど……
　彼はわたしと付き合っているということを必要以上に広めて、ただ自慢したかっただけのように見えて、結局、好きになりきれないまま三ヶ月が過ぎていた。
　その“一応彼氏”はサッカー部に入っていて、全国サッカー選手権の県大会に出場してた。
　わたしはサッカーに興味はなかったのだけれど、少しでも彼のことを知るために、試合の際は応援に行った。でも、彼は控えのメンバー（あとでベンチに入るだけでもすごいことだと知った）で、一度も出てこなかった。
　そして忘れもしない十一月八日。
　テレビ中継もされる県大会の決勝戦。延長戦にまでもつれ込んだその試合で、ついに彼の出番が訪れた。
　センターバックというポジションも分からないほど、サッカーについて何も知らなかったわたしには、出場した彼の動きがどの程度のものなのかは分からなかったけれど、とにかく精一杯応援した。
　少なくとも、彼は一生懸命だったと思う。
　だから、あんな遠いところにあったボールに、だたがむしゃらに足を出して飛び込んだのだと思った。
　そんな彼とボールの間に、割って入ってきた相手チームの選手がいた。その背中には、キラキラと輝く翼が見えた。
　わたしは、その輝きに心を奪われた。
「あ……」

　ミシィ

　ピーーー

　甲高い笛が鳴る。