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セクエストゥラータ

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 当時の原田監督は、プレイボーイとして有名だった。だから、肉体だけの関係でもそれほど負担にはならないと思ったんじゃないだろうか。僕には分からないけれど。
「なぜイタリアへ呼ぶ必要が?」
「日本で警護を付けることもできたが、亜希穂が嫌がったのだ。私との関係を世間に知られることをね。私に気を遣ってのことだろう。そこで、イタリアで全く別の誘拐事件、私を脅迫してきた連中とは無関係の事件に巻き込まれたことにして、彼女を保護することにしたのだ」
「奈津美はそのことを?」
「知っている。亜希穂の同意を得て、私が直接話した。といっても、電話越しだがね」
「なら……っ!」
「キミを巻き込んだのは私の本意ではないんだ。黒木信輝、あの男が協力する条件としてキミを巻き込むと言い出した。その目的は分からない。だが確かに、彼女が誘拐されたことに真実味を持たせるためにも、事情を知らない同行者の存在は不可欠だった。申し訳ないが、私には手段を選ぶ余裕も時間もなかった」
 そうか、だから奈津美は『ロミオとジュリエット』の話をしたのか。
 一つ一つの出来事が、ゆっくりと繋がり始める。
 原田監督が話す内容は、少なくとも真実で、賛同できるかどうかは別として、信用できると思った。
「でも、計画通りには進まなかったんですね」
「その通りだ」
 原田監督は、伏し目がちにそう言った。
「私の計画では、キャンプ地に誘導したあと、狂言誘拐であることを打ち明ける予定だった。その場所には彼女もいるはずだったが……本当に誘拐されてしまった。まったく、笑えない話だよ。連中を欺くために協力を要請した黒木信輝が、まさにその犯人だったのだのだからな」
 原田監督からはそう見えたのだろう。黒木先輩を犯人だと思っていたからこそ、あのアパートにパオロを送り込んだ。
 けれど、僕には黒木先輩が犯人だとは思えない。
 原田監督が言ったように、奈津美が黒木先輩に誘拐されていたのだとしたら、単身でホテルのロビーに現れたことを説明できない。
 奈津美は自分の意思で行動している。
 なら、導き出される答えは一つ。
「二十三年前、テオと私は恋人だった。まぁ、はっきりと交際を宣言したわけではなかったが、私は本気だったし、テオも受け入れてくれていた」
 原田監督は、昔話を始めた。
 それは、愛することを知ったファルファローネを襲った、悲劇の物語だった。
 その物語の中で語られた河合亜希穂との関係は、“一度だけの関係”という言葉から受けた印象とは全く違っていて、胸のつかえが一つ取れた感じがした。
 奈津美は、原田監督を、父親を恨んだりはしていないと思う。
 そして原田監督は、二十三年前に起きた事件の首謀者、未だに正体が分からないままのそいつが、再び脅迫してきたのだと言った。
「間違いはないんですか?」
「あぁ、間違いはない」
 その根拠についての詳しい話はしてくれなかったけれど、ただの思い込みではないようだった。おそらく、届いた脅迫状に二十三年前の事件との共通点があったのだろう。
 その真偽については分からないし、正直なところ、脅迫の首謀者に興味はなかった。
 ただ、確信がある。そいつはまだ奈津美に何もしていない。二十三年前と同じ人犯人だというのならば、動き出すのは試合の結果が出てからだ。
 となれば、既に誘拐という行動に出ている黒木先輩は、犯人の手先なんかじゃない。
 同一犯だからといって、同じ手口で犯行が行われる確証はない。けれど、犯人には同一犯であることをほのめかす必要はなかったはずだ。
 ……だとしたら?
「こんな昔話を聞かせるために、わざわざ来てもらったわけではないんだ」
 原田監督は、腕時計を見て時間を確認している。
 確かに、もう結構な時間をここでの会話に費やしてしまっている。試合当日に代表監督が行方をくらましているというのは、あまり良いことじゃないのだろう。
「……でしょうね」
「奈津美の居場所を知っているかね?」
 僕は無言で頭を振る。
「そうだな。知っていたら、一番に駆けつけているだろう」
 原田監督の眼差しが、キミが共犯でなければね、と付け加えていた。
 僕に言わせれば、パオロの方が断然怪しいだろうに。
「あの――」
「ユウ、そこまでにしておけ」
 更なる質問を投げ掛けようとした矢先、パオロの制止が割って入った。
 もう時間は残されていない。
 今更何を――何度も口に出そうとして、その度に飲み込んできた言葉。協力を求めるつもりがあったなら、なぜ三日間も無駄にしたんだ。
 湧き起こる、怒りにも似た感情。
 でも僕は、そのすべてを飲み込む。
 奈津美のためにできることは、僕がやるべきことは、そんなことじゃない。
 僕は無言のまま振り返る。
 原田監督に失礼かとも思ったけれど、掛ける言葉は見つからなかった。
 それは原田監督も同じだったのだろう。
 僕の背中に届く言葉もなかった。
「ホテルまで送ってもらえるかな?」
「勿論だとも」
 パオロは相変わらずの軽い調子で、僕を車まで誘う。
「オレたちも、お互いの誤解を解いておこうか」
 パオロは運転席に乗り込む直前に、僕に向き直った。
「誤解、ね。僕を襲っておいて、今更」
「確かに。あれを避けられるとは思ってもみなかった」
 パオロは笑っているけれど、それが余計に気を許せなくさせた。
「だが、そのおかげでお前さんを殴り倒さずに済んだ」
「勘は鋭い方なんだ」
 僕はドアの傍から動かず話を続けた。
「黒木先輩を撃った?」
「オレは撃っちゃいない」
 静かな、しかし調子の強い否定が返る。
「部屋から出てきたとき、なんで止まらずに逃げたの?」
「銃を向けられたら逃げるさ。死にたくはない」
 確かに、パオロと遭遇したあの瞬間の僕は、とても冷静とは言えない状態だった。現に、僕の指は引き鉄を引いていた。
「話してくれるんだね」
「お前さんが早起きしてくれたことに感謝しているつもりだ」
「分かった」
 僕はドアを開けて車に乗り込んだ。握っていた手の平は、汗で湿っていた。
「まず、騙していたことを謝らせてくれ」
 話を聞きながら、シートベルを締める。
「オレはあそこの五階で待ち合わせをしていた」
 パオロが言うには、五階で待っていたところに三階に降りて来てくれと連絡があり、三階の部屋に入ったところ、椅子に縛り付けられた女の姿があった。それは由佳だったのだけれど、パオロには分からなかったらしい。
 状況を把握する間もなく階下から足音が聞こえてきたので、扉を閉めてすぐ脇に身を潜めたのだそうだ。
「オレも後ろめたいことをしていたんでな。誰かに見られるわけにはいかなかった」
 そして、僕と黒木先輩が立て続けに侵入。黒木先輩と格闘を繰り広げて腕を負傷し、その場から走り去った。
「腕は、大丈夫?」
「ちょいとばかり派手に出血したが、掠り傷だ」
 パオロは上階には行かず、階下に向かった。誰も追ってくる様子がないので、簡単な止血をしてから三階の部屋に戻った。
 ところが、そこには僕もいなければ、奥に見えていた椅子に縛られた人影も消えていた。
作品名:セクエストゥラータ 作家名:村崎右近