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セクエストゥラータ

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●第一章 開始の合図は鳴り響き


 西暦二〇XX年 イタリアW杯開催。
 同年六月十九日 W杯グループステージD組最終節。

 テレビからは興奮した実況の声が流れている。
 試合中に何度も叫び続けてきた彼は、声が嗄れかけていた。それでもこの興奮を視聴者に届けようと声を出し続けている。

「大沢のクロス! 田所! 強い! スペースへ落とした! 吉冨が走りこむ! 相手DFが一瞬早くクリアー!」
「日本、まだボールをキープ。今度は左サイドへ出す。西田。どうする? ドリブルで仕掛けるか?」
「仕掛けた! 抜き去る! サイドを抉った! 中は二枚!」
「田所はファーサイドへ! 山なりのボール! 出た!」
「折り返したぁーーー! アーーーーーー!」
「ゴォォーーーール! ニッポン! 三点差と突き放したー!」

 日本はグループステージを三戦全勝で一位通過し、決勝トーナメントにおいてC組二位で通過したスペインとの対戦が決まった。
 日本中のサッカーファンが興奮したのはそれだけではない。今回のW杯は、日本とイタリアの一騎打ちとされていた。勿論、そのイタリアもグループステージを全勝で一位通過している。
 イタリアはB組一位。決勝トーナメント初戦はA組二位と戦うことになる。日本とイタリアがともに初戦を勝ち抜いた場合、準々決勝において対戦することになる。
 日本の初戦の相手となるスペインは、中盤でパスを回し試合を組み立てていく日本と似たスタイルだが、決定的な違いがあった。
 それは絶対的ポストプレイヤーの存在だ。
 反対に、スペインには世界一との呼び声も高いドリブラーがいるのだけれど、ナショナルチームのプレイスタイルとは相性が合わず、今大会ではイマイチ活躍できていない。イタリアの有力紙は『もし彼の国籍がスペインではなくイタリアであったなら、W杯でtotocalcio(トトカルチョ)は行われなかっただろう』と報じた。強すぎるあまり賭けにならないという意味だ。
 イタリアの相手はサッカー王国ブラジル。今大会屈指の好カードであった。
 イタリア代表チーム主将のコメントだ。
『強いチームと早めに戦えるのは歓迎すべきことだ。今ならカードも疲労も溜まっていない。本当に強いチームがどこなのかを世界に示すことができる』

 六月二十日。成田で飛行機に乗ってから約十二時間。
 目的地ミラノ・マルペンサ国際空港へ到着するという機内アナウンスが流れた。イタリア語、英語、日本語のトライリンガルだった。
 座席を起こしシートベルトを装着する。臨時増設便ということもあって、乗客はほぼ日本人だった。
 フライト中、興奮した若者男子数名が突如座席を離れ、「オマエラ! 応援の練習すっぞぉ!」と大声を張り上げた。
 客室乗務員の迅速な対応により事無きを得たが、寝ている人もいるその最中にどういう神経をしているのだろうと思った。普段は観戦していないんだなと思った。

 ミラノ。
 日本との時差はマイナス八時間。日本が先行している。
 待ち時間を含め十三時間かけて移動してきたにもかかわらず、現地時間では五時間しか進んでいない。
「なんか人生を得した気分じゃない?」
 由佳は嬉しそうにはしゃいでいた。その得した分は、日本に帰るときに清算されると分かっているのだろうか。
 同じ便に乗っていた日本人のほとんどが、観戦ツアーの参加者だったらしい。大型バスに次々と乗り込んで、早々にいなくなってしまった。
 三人だけになってしまった僕たちは、黒木先輩が手配してくれているというミラノ郊外にあるホテルへ向かうことにした。
「よーし。まずは駅に向かうのね? 任せておいて!」
 由佳は『旅先で使えるイタリア語』と書かれた本を開き、鼻息を荒くしている。
 僕は奈津美と二人で笑いながら後を追った。

 ターミナルを出ると、制服に身を包んだ男がにこやかな笑みを浮かべながら近づいてきた。
「何? 運んでくれるの? ありがとう。えぇっと、ぐらっちぇ、ぐらっちぇ!」
 由佳は荷物を差し出そうとした。
「ダメだよ!」
 僕は慌てて止める。
「何よ?」
 僕は由佳と男の間に身体を割り込ませた。
「この人は外国人観光客を狙う、ぼったくりだよ」
 男は両手を広げて意味がわからないという仕草を見せた後、再び由佳の荷物を受け取ろうと手を伸ばしている。僕は由佳を無理矢理方向転換させ、足早にその場を離れた。
「タクシー乗り場で乗らないと危ないんだよ」
 僕と奈津美は、まだむくれている由佳に幾つかの事例を説明することに時間を費やすことになった。

「Buon Giorno. Stazione,per favore. Quanto costa?(こんにちは。駅までお願いします。 いくらになりますか?)」
「――」
「Ho capito.(わかりました)」
 値段を確認して承諾の意を返答する。
 イタリアのタクシーは自動ドアではないため、自分で開けなければならない。ほとんどの日本人は、まさに戸惑うってわけだ。
 タクシーの運転手が開けたトランクに三人分の荷物を積み込む間、由佳はきょとんとしたまま僕の顔を見ていた。
「今のって、イタリア語……よね? アンタ話せたの?」
「うん。だってさ……」
 ズキリと胸が痛む。
 この話をするのは二人目だけど、やっぱり痛くなった。
 由佳が大切な存在だからそこ、心が痛むんだ。
 でも、その痛みが迷いを断ち切ってくれるから、嘘で誤魔化そうとする甘えを許さないでくれるから、僕は大切だと思う人の前では正直でいられる。
「昔はイタリアでサッカーするのが夢だったからね」
「あ……」

 そう“昔”の夢だ。
 現在の夢は、一人では手に入らないものに変わっている。

 *  *  *

 タクシーの運転手は、絵に描いたようないい人だった。
 僕がイタリア語を話せることには驚いたみたいだけど、世界一の国でサッカーをしたかったからだ、という理由を教えたら、「日本のサッカーもなかなかのモンだと思うぜ、我がイタリアには及ばないけどな!」と笑って、目的地に着くまで上機嫌なままだった。
 顔は、掘りが深く鼻が大きい。髪は黒で短く切られていて、額の生え際が大きく後退している。背は高くなく、メタボ腹だ。情熱的というよりは、陽気という形容が似合うラテンのおじさんだった。
 カルロという名前らしい。
 すっかり意気投合した僕たちは、結局ホテルまで送ってもらうことにした。電車を利用した方が安上がりだが、時間は大して変わらないのだそうだ。
 どうするか迷っていると、突然メーターを止め、これで悩み事が一つ無くなった、と言って笑った。
 イタリアの人は世話を焼くのが好きらしい。
「明後日はヴェローナだろ? 良かったら弟のパオロに会ってやってくれ。刑事をやってるから、何かあったとき役に立つ。それに、あいつはイタリア人のくせに日本のファンなんだ」
 最後に付け加えた、困った弟だよ、という一言に、兄弟仲の良さを感じた。

 最後は両国の健闘を祈りあって別れた。
 ホテルの受付に声を掛けると、意外なことに日本語が返ってきた。
「いのユえさまで?」
「いのうえです」
 奈津美と由佳は堪えきれずに吹き出した。失礼なやつらめ。
作品名:セクエストゥラータ 作家名:村崎右近