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セクエストゥラータ

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 サッカー部に所属していた部員のほとんどは、僕が入院している一週間の間に辞めてしまったていた。“暴力事件を起こしたサッカー部員”という目で見られるのが嫌だったらしい。
 けれど、残っていたのは本当にサッカーが好きな人ばかり。逆怨みした上級生たちの妨害もあったけれど、卒業まで充実した時間を過ごせた。

 *  *  *

 高校生。
 高校のサッカー部には監督がいたのだけれど、僕のプレイスタイルは監督の戦術には合わなかったらしい。
 監督の戦術は、とにかくサイド攻撃重視。重視というより、一辺倒。
 俊足の選手がサイドに走り込み、ゴール前にボールを放り込む。そしてシュート。とにかくシュートを放ち、こぼれ球を押し込む。
 僕の得意なプレイスタイルではなかったけれど、一丸となって点を取りに行っている、という一体感を得られるそのサッカーは、今までで一番楽しかった。思わず中央に走り込んでしまって、監督に怒られることも度々あったけれど、サッカーをしているんだ、という充実感が嬉しかった。
 その頃の僕は、“ゾーン”のことなんてすっかり忘れていた。

 監督が法事で不在の日、当時キャプテンだった黒木先輩が紅白戦をしようと言い出した。
 四十分の前半のみの紅白戦。
 三十分を過ぎたところで、レギュラー組は三点の差を付けていた。
 球拾いと称して見学していた僕は、控え組に回っていた黒木先輩に呼ばれ、なぜかツートップを組むことになった。
 近年は県大会の優勝こそないけれど、県内四強に挙げられている。そんなレギュラー陣を相手に試合ができるなんて、夢のようだった。
「今までの試合は見ていたな?」
「はい!」
 黒木先輩は、そっと耳打つ。
「中央突破だ」
「え!?」
 チームの戦術はサイド攻撃だ。それは控え組であっても変わらない。
「安心しろ、監督は不在だ」
 黒木先輩は、極上の悪戯を仕掛けた直後の少年のように、心底楽しそうに笑っていた。
 十分間で“決めて当然のパス”を二回受けた僕が、二回シュートを決めた。
 紅白戦は四対ニで終了した。
 その日から、同級生の僕を見る目が変わった。
 そして僕は、忘れていた恐怖を思い出してしまった。

 一度も視界に入れていないプレイヤーの位置を完璧に把握できる能力。
 僕が恐れていたのは、この能力が消え失せてしまうことだ。
 ピッチ上のあらゆる動きを把握することができる、一度そんな全能感を味わってしまうと、何度も何度も味わいたくなる。
 中学の時、ボールを触らせてもらえず、紅白戦さえもできない状態になり、全能感を味わうことができなくなった僕は、その原因を取り除く行動に出た。
 なんでそんなことをしたのか、というクラスメイトの質問。
 その答えは、サッカーが大好きだったからじゃない。すべてを把握する全能感を味わいたかったからだ。
 僕は、チームで得られる一体感以上に、相手チームさえも完全に掌握する“ゾーン”の全能感を味わう喜びに酔い痴れていた。
 僕がサッカーに求めていたものは、協力なんかじゃない。完全な支配だった。
 そのことに気づいたのは、高校最後となる高校サッカー選手権県予選の最中だった。
 逃げ出したかった。逃げ出せなかった。
 僕は点を取らなければならなかった。ゴールを決めなければならなかった。チームメイトの期待を一身に背負い、僕は試合に臨まなければならなかった。

 黒木先輩は、僕には“ゾーン”以上の能力があると言った。僕は否定したけれど、本当は分かっていた。僕には“操作”する能力がある。
 相手が誰であろうとも、僕が欲しいと思っているタイミングで、欲しいと思っているその場所に寸分違わぬパスを出させる能力。
 理屈なんて分からない。偶然なのかもしれない。小学校から高校までのほぼ全得点。想像もできないほど極小の可能性でなら、起こり得るかもしれない。

 そんなわけ、ない――

 こんな能力は反則だ。
 僕は、一緒にプレイするチームメイトから、サッカーをプレイする楽しみを奪っている。
 そんなものは冒涜だ。


作品名:セクエストゥラータ 作家名:村崎右近