小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

セクエストゥラータ

INDEX|39ページ/60ページ|

次のページ前のページ
 

 二十二日夜の電話は、犯人として僕に掛けた電話だろう。これが犯人からの二回目の電話なんじゃないかな。
 翌六月二十三日午前十一時。警察署でパオロと会っていた僕に対する発信。これが犯人からの三回目の電話。
 その次の発信が行われている二十四日の十一時四十分頃といえば、僕の携帯電話に公衆電話から掛けられた四回目となる犯人からの電話の前後だ。僕の携帯電話の履歴が消されてしまっているから、正確には分からないけれど、キャンプ地に到着した時間から逆算すると、大体そのぐらいの時間になる。
 一番最後の“A”に対する発信は、“B”からの着信のあと。これが一番最後に使った履歴だ。
 黒木先輩は、待機電波で居場所を割り出されるのを避けるために、電話をホテルのフロントに預けた。そうやって接触手段を絶ったのは、大人しくしていろ、というメッセージなのだと受け取っていた。
 けれど、もしそうなのだとしたら、パオロがやったように手掛かりになる履歴は消去しておくはずだ。
 黒木先輩が込めたメッセージは、大人しくしていろ、なんてものじゃない。これはその逆で、犯人を割り出せってことなんじゃないだろうか。直接会ってそう言ってくれないのは、それが困難だったからだろう。確かに、僕は冷静に話を聞ける状態じゃなかった。
 犯人は“A”と“B”の二人。そのうち一人はもう判明している。携帯電話の履歴を消そうとした人物、パオロ・バルディーニだ。
 “B”はパオロだ。教えてもらった電話番号を確実に覚えていたわけじゃないから、黒木先輩の携帯電話に登録されている“B”の電話番号と見比べて確かめることはできないけれど、数字の雰囲気は一緒だ。なんとなく。
 パオロの電話番号を確認できれば、揺ぎない証拠になる。
 黒木先輩がパオロと連絡を取り合っていたのだとすると、二人は協力関係にあるように思える。けれど、何か違和感がある。
 一つの結論。パオロは僕の協力者じゃない。
 今現在、奈津美とパオロは協力関係にはない。
 そして、奈津美と黒木先輩の間にも意見の違いがあるみたいだ。
 黒木先輩は僕に何らかの助力を求めているけれど、奈津美は僕の関与を嫌がっている、といったところだろうか。巻き込みたくないんだと思う。
 じゃあパオロの狙いは一体?

 ドアをノックする音が聞こえてきた。
 頼んでおいたルームサービスが到着したらしい。
 さすがに応対させるわけにはいかないので、僕は考えるのを中断してドアへと向かう。
 僕には従業員に渡すチップという制度が理解できないのだけれど、日本の敷金・礼金のようなものなのだろうか。
 僕が渡したチップの額に不満があったみたいだけれど、僕は日本の貧乏学生ですから。
 つい勢いでルームサービスを頼んでしまったけれど、この料金はどうなるのかな。それも心配だ。
 関口さんと秋野さんは、運ばれてきた料理を口に運び、美味しい、美味しい、と舌鼓を打っていた。
 そんな二人を横目に、僕は思考を再開する。
 とにかく、黒木先輩に連絡する手立てがない以上、僕が頼れるのは愛花さん一人だけだ。電話番号は消されてしまっていたけれど、都合良く掛けてきてくれて助かった。忘れないうちに登録し直しておこう。
 そう思った僕は、アドレス帳に登録するために着信履歴を開いた。
 そして僕は、自分の目を疑う。
 表示された電話番号は、黒木先輩の携帯電話に登録されていた“A”の電話番号と同じだったんだ。

 *  *  *

 僕は、バカだ。
 偶然だと思っていたことが偶然じゃない、そのことに気付いておきながら、結局は偶然を信じていた。
 こうして証拠が出るまで、偶然だと信じきっていた。
 今にして思えば、愛花さんの行動は奈津美の父親が原田監督であることへ辿り着くために必要不可欠な誘導だった。
 奈津美の母親の情報は、他の誰から聞いても不自然な情報だ。メディア関係の愛花さんだったからこそ、出所が不自然なことには触れてはいけない、と思い込ませる力があったわけだ。
 愛花さんは、奈津美の戸籍に父親の名前が載っていないことを教えてくれた。確か、戸籍は肉親しか閲覧できないはずだ。なんであのときに気付かなかったんだろう。頭が悪すぎて泣けてくる。
 愛花さんが奈津美と姉妹だった、なんて“何でもアリ”な状況なら、もうお手上げだ。
 僕が考えるべきなのは、愛花さんがどちら側なのか、ということだ。

 愛花さんは、奈津美の母親が二十三年前のボローニャにいたことを教えてくれた。その情報は、奈津美の父親を割り出すために必要不可欠なものだった。同じく、二十三年前のボローニャには原田監督がいた、という情報を与えてくれたのはパオロだった。奈津美の父親が判明したのは、二人が教えてくれた情報のおかげだ。
 しかし、奈津美の父親を調べるように、と最初に言ってきたのは黒木先輩だ。現在、黒木先輩とパオロは協力関係にはないみたいだけれど、原田監督への誘導に関してだけは、全員の共通目的だったということになる。
 双方の共通目的に関与していると分かっただけでは、まだ愛花さんが“どちら側”なのかは判断できない。ただし、愛花さんが関与しているのであれば、原田監督への取材に僕を同行させたことも、計画に沿った行動だったと考えるべきだろう。
 黒木先輩とパオロは、それぞれに僕を原田監督に会わせようとして動いていた。ボローニャ郊外のキャンプ地にさえ足を向けさせれば、あとはそこにいる愛花さんが僕を原田監督の前に導く手筈だったのだろう。
 そうして原田監督を間近で見た僕は、黒木先輩と原田監督との関係に気付き、直後に電話で確かめるという行動をとった。
 僕の取ったその行動は、黒木先輩とパオロのどちらが望んだものだったのだろうか。
 黒木先輩は、自分が奈津美と腹違いの兄妹だと報せることで、僕を安心させようとしたのかもしれない。でも、いがみあう兄妹だって世の中にはいる。そうだとは言い切れない。
 パオロは、僕に黒木先輩を犯人として認識させることで、黒木先輩を追い掛ける大義名分を作ったんじゃないだろうか。
 現状で持っている情報を検証してみたところで、愛花さんが奈津美に協力しているのかどうかは分かりそうにない。

 奈津美と黒木先輩は、どちらも事件の首謀者とは思えない。二人とも、この事件を利用して別の何かをやろうとしているんじゃないかと思う。
 きっと、誘拐事件そのものを起こそうと考えた首謀者が他にいる。
 本来の計画は、原田監督の子供である奈津美と黒木先輩のどちらかが関わっていることが必須条件だったはずだ。
 この計画を立てた人物にとって、二人が揃って手を離れている現在の状況は、計画を破綻させかねない望ましくない状況のはずだ。
 だからこそ、パオロは素早く黒木先輩を追うために僕に手掛かりを与えたし、ホテルのロビーで奈津美の姿を見たときには、引き止めることも追い掛けることもしなかった僕に対して、冷静さを失いもしたのだろう。
 事件の首謀者に一番近いのは、おそらくパオロだ。
 パオロが傍にいたから、奈津美も黒木先輩も僕に何も言えなかったんだ。
 よし。
 これからすべきことが何なのか“だいたい”把握できた。
作品名:セクエストゥラータ 作家名:村崎右近