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セクエストゥラータ

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 その中身が空っぽになっているという片方は、まさに今、愛花さんと通話中の携帯電話だ。愛花さんは僕宛てに電話を掛けてきた。つまり、中身が空っぽになっているのは、僕が使っていた携帯電話だということだ。
 売店に行く際に、黒木先輩が使っていた携帯電話と間違えてしまっていたのだろう。
 問題は、どうして僕の携帯電話のメモリーが消えているのか、だ。
 このホテルに向かう前までは確かに残っていたメモリーの内容が、こうして消え去っている理由。
 簡単なことだ。僕の他にこの携帯電話に触れるのはただ一人だけ。
 パオロが消したんだ。僕に見せないために。
 部屋に入ってからのパオロに落ち着きがなかったのは、僕が携帯電話のメモリーを調べやしないかと気が気ではなかったんだろう。
 僕が部屋を出てすぐにメモリーを消去した。慌てていたから、実は僕の携帯電話であることに気付けなかったんだ。
 パオロの言葉に感じた得体の知れない違和感の正体はこれだ。
 パオロは、逆探知は続けている、と言った。しかし、その直前にエレベーターの中で公衆電話からの着信を受けているというのに、その着信について一切触れなかった。どう考えてもそれはおかしい。
 例えば、逆探知の必要がないことを通知してある愛花さんの番号だったならば、パオロが着信を知らなくても不思議ではないのだけれど。
「祐クン? どうしたの?」
「すいません、大丈夫です」
「そう? 夜に時間を取れそうだから、食事でもどうかなと思って。勿論、刑事さんも」
「愛花さんそれは……」
「違うの、そういうんじゃなくて」
 愛花さんは、僕の否定の言葉を打ち消したあとに、力になりたいのよ、と続けた。
 その気持ちは嬉しい。けれど、愛花さんが知っている事件からは、大きく様相が変わってしまっている。
 パオロの目の前で一から十まで説明してしまえば、パオロの関与に気付いていることを悟られてしまうかもしれない。だからといって、事件の話を避けるのも不自然すぎる。やはりここは、断っておくのが吉だろう。
 僕は、ありがとうございます、と感謝の気持ちを伝えて、愛花さんとの通話を終了させた。

 パオロが携帯電話のメモリーを消去した理由は一つ。僕に見られては困るからだ。しかし、パオロがメモリーを消去したのは、僕が使っていた携帯電話だった。
 僕の手にある携帯電話の中には、パオロが僕に見られたくなかった“何か”が入っている。決して空想や妄想の域を出ることがなかった僕の仮定を裏付ける、最初の証拠となるかもしれない“何か”が、この携帯電話にはある。
 ほぼ間違いなく、パオロは犯人側の人間として事件に関与している。
 別行動をしていたパオロでも、メモリーを消去しなければならないと判断したのだから、その“何か”は僕にも分かるもののはずだ。むしろ、僕が見て分からないものであれば消す必要がない。
 難しく考えることはないんだ。ただ、見るだけでいいんだ。
 僕は、あれこれと思考することで、ボタンを押す、という行動を先延ばしにしていた。
 真実と現実とを繋ぐ証拠を見るのが怖くて、逃げているわけじゃない。むしろ、逃げ出すこともできずに立ち竦んでいる、の方が近い。

 僕の親指は、激しく震えていたんだ。
 今まで見たことがないほどに。

 *  *  *

「な・に・し・て・ん・のー?」
 関口さんは、携帯電話と無動の格闘をする僕を見て笑っていた。
「え? いや……」
「そのケータイ、何か面白いものでもあるの?」
 そう言うや否や、関口さんは僕の手から携帯電話を奪い取った。その鮮やかな動きに、僕は抵抗する暇も与えられなかった。
「どれどれー」
 キー操作音が消されているため、ピ、という作動音の代わりに、ペコペコ、という音が聞こえてきた。
 何も入ってないじゃーん、と抗議の視線を送る関口さん。
 そんなこと言われても困る。
「アドレス帳も見ちゃおーっと。彼女の番号とかないのー? うわ、友達すくなっ!」
 続いては、同情の眼差しが送られてきた。
「いや、レンタルだから、さ」
 友達が少ないと言われたことが、僕のデリケートゾーン深くに刺さったらしい。サッカー関連の友達がほとんどだったから、自然と、ね?
 僕は何を必死に弁明しているんだ。
「海外を旅行するときは、泊まっているホテルと、その国の大使館の電話番号を登録しておくものなのよ」
 遠くから冷静に言う秋野さん。
 どうやら、これが普段の関口さんの行動らしい。
 一緒にいると振り回されてしまうのだけれど、なんだか元気にしてくれる、由佳と同じタイプの人だ。
「じゃあ、もう一つは?」
 関口さんは、つまらないから返す、とばかりに携帯電話を突き出す。
 僕は携帯電話を受け取りながら、登録されている電話番号の相手を考えていた。情けなくも、僕はまだ現実を直視する覚悟ができていない。
 関口さんの口ぶりから、アドレス帳に登録されている電話番号は三つと推測できる。
 黒木先輩が使っていた携帯電話なのだから、三つの内の一つは僕の番号となるはずだ。僕自身も番号を覚えていないけれど、手元にあるから確認することはできる。
 残り二つ。
 僕に見られて困るものとは何だろう?
 黒木先輩がこの電話を使って僕と会話していたことなら、僕はもう知っているし、僕が知っていることはパオロだって知っている。その程度のことなら、消す必要はない。
 このままじゃ埒があかない。
 僕は短く息を吐く。
 ―― よし、見よう。

 アドレス帳には、予想通り三つの電話番号が登録されていた。
 名前は三つともアルファベッド一文字で登録されていて、それぞれ“A”、“B”、“U”とあった。
 電話番号以外には、何の情報も登録されていなかった。
 僕の電話番号は、“U”で登録されていた。名前が祐(ゆう)だから、誰でも簡単に連想できる。
 となると、他の二つも名前を連想できるものだろうか?
 エーとビーなんて知らないけど。
 次に僕は着信履歴を見た。
 最後の着信は“B”からとなっていた。着信日時は今日六月二十四日の午後二時三十分頃。その数分前に“U”からの着信。これは僕が電話した時間と合致する。
 六月二十二日まで戻り、“U”からの着信が並ぶ。これはスペイン戦後に奈津美がいなくなったときのものだ。
 そしてその前に“B”からの着信。これが一番最初の着信。
 着信履歴はこれで終わり。
 次に発信履歴。
 最後の発信は“A”に向けたものだった。発信日時は六月二十四日の午後三時前。
 その前の発信相手は“B”で、時刻は午前十一時四十分頃。
 六月二十三日に遡って、午前十一時、“U”に向けて発信。
 六月二十二日に戻って、夕方と夜に一回ずつ、“U”に向け計二回の発信。
 一番最初の発信は“A”に対して行われている。
 発信履歴はこれで終わり。
 黒木先輩はイタリアに到着してすぐ“A”に電話をしている。僕に電話を掛けたのはその直後の二十二日夕方で、それは確か、試合後に合流しようという内容の電話だったはずだ。
 試合後、“B”からの連絡を受けた直後に僕からの着信があったようだ。
作品名:セクエストゥラータ 作家名:村崎右近