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セクエストゥラータ

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 なんて情けないんだろう。情けなさすぎて泣けてくる。
 これは、僕の口からちゃんと伝えなければいけないことだったのに。
「ちょっと早いがメシにしよう。いい店を知ってる」
 パオロはわざわざ僕と由佳の間を通り、それぞれの肩を抱いて歩き出した。

「ごめんなさい、その前にちょっとお手洗いに」
「??」
「Dove e un bagno?」
 パオロには通じていないようだったので、僕が代わりに伝えた。
 場所の説明を聞いたけれども、パオロに連れて行ってもらう方が安心だ。
 パオロは、確かにそうだ、と頷いた。
 奈津美はトイレに行ったときに誘拐されてしまった。僕も入口まで一緒に行っていれば防げたかもしれない。そう思うと、たとえ警察署の中であっても由佳を一人になんてできない。
「賢い娘だ」
 由佳がトイレに入ったあと、パオロはそう呟いた。
「たとえ相手が既に察していたとしても、しっかり伝えるのは男の務めだと思うが?」
 今度は僕が、確かにそうだ、と頷く番だった。
 不意に電話が鳴る。番号は通知されていない。
 パオロは僕の表情を見て察したのだろう。一瞬で顔の緩みは消え去り、電話に出るように促した。
「Pronto?」(もしもし?)
 やはりそれは、犯人からの三回目となる電話だった。
「何か分かったかい?」
 今までと同じく機械で変えた気持ち悪い声だった。勿論、イタリア語だ。
「調べたけど、何も怪しいところなんてなかった」
「ククク……嘘はいけないな。父親のことが分からないんだろう? 教えてやってもいいが、それじゃあつまらない。手掛かりをやろう」
「手掛かり?」
「そいつはな、最低のクズ野郎だ」
 トイレから水の流れる音が聞こえてきた。由佳がもうすぐ出てくるということだ。
「最低のクズ野郎なら一人知ってる」
「俺が父親だなんてことはねぇよ」
「それは嬉しい情報だね」
「……父親は日本人だ。それだけ言えば分かるだろう」
 その通りだった。これで条件はかなり絞られたことになる。
 二十三年前という時期。奈津美の母親がその当時イタリアで住んでいた場所。日本代表チームに関わりのある日本人。それも勝敗を左右できるほどの人物。
「なぜ直接本人に連絡しない?」
 僕がずっと思っていた疑問だった。
「質問には答えない。そうそう、俺は寛大だから安心しろ」
 由佳がトイレから出てきた。電話を耳に当てている僕を見て、その顔色が変わる。
「何のことだ?」
「隣にいる刑事によろしく伝えてくれ」
「!!」
「また掛ける。次もお前が出ろ。出なければ女の命はない」
 そこで通話は切られてしまった。
「今の……犯人から?」
 僕は頷く。
 そして、犯人とのやりとりを改めて二人に伝えた。
 犯人は何をしたいのか?
 僕たちをどこへ導こうとしているのか?
 僕は普通の誘拐事件とは明らかに異質であることを感じていた。

 *  *  *

「まさかこんなに早く掛かってくるとはな。さっさと逆探知を手配しておくんだった」
 パオロはリゾットを口に運びながらそう言った。とても反省しているようには見えず、楽観的に昼食を楽しんでいるとしか思えない。
 僕と由佳は、仏頂面でパオロを睨んでいた。
「食事は楽しく! それがイタリアのテーブルマナーだぜ?」
 パオロは、陽気な笑みと共に両手を広げて、僕らに同意を求めてきた。
「パオロ、僕たちは……」
 人差し指が小さく揺られた。
「ならばせめて、冷める前にいただこう」
 食後、パオロは現在のイタリアの状態を教えてくれた。
 イタリアの至るところで、誘拐事件やそれをほのめかす脅迫が発生している。勿論、その大半は悪戯なのだけれど、だからといって捜査しないわけにはいかない。その上で、開催地周辺の警備もしなければならない。圧倒的に人手が足りていない状態らしい。
「外国人が絡んだ大きな事件には、移民警察が口を挟んでくる。小さな事件では膨大な数に埋もれてしまう」
 管轄や威信、面目などといった、被害者側の気持ちを無視した問題は、ここイタリアにもあるようだ。
 パオロが言うには、イタリア国内において今朝までに五百件を越える捜索願いが届けられているらしい。被害は日本人だけではないということだ。
 昨夜の試合で勝利した日本人の場合、次の試合を見るためにイタリアに滞在しようとして、友人が誘拐されたと嘘の被害届けを出す者までいる始末だ。事実関係を調べる順番を待っているだけでも、丸一日が無駄になる。
 でも、パオロが伝えたかったのは、そんなことじゃない。
 時間を無駄にするなってことだ。
 僕がのんびり食事をするパオロを見て不快を感じたように、由佳に日本に帰えるように言えなかった僕を情けなく思ったんじゃないかな、と思った。
「由佳、日本に帰るんだ」
 僕は意を決して切り出した。
「えっ? ……い、嫌よっ!」
 由佳は思った通りの反応を示した。
「これから僕とパオロは、奈津美を探しだして助ける」
「それなら私も! 私だって何かの役に立てるはず!」
 感情が高ぶった由佳は、立ち上がってテーブルをバンと叩く。
「何かの役に立つ程度じゃダメなんだ」
 僕は由佳から目を逸らさない。僕は続けた。
「由佳の分は、パオロが手伝ってくれる。分かって欲しい」
「大人しく帰れ、なんてよく言えるわね!」
「日本に帰って、奈津美のお母さんから父親のことを聞き出して欲しいんだ」
 苦しい理由だと思った。日本に帰ってしまえば、イタリアにいる僕に連絡する手段がないのだから。
 それでも由佳は、すべてを分かった上で日本に帰ることを受け入れてくれた。

 僕たちは一旦ホテルに戻ってチェックアウトを行い、警察署へと戻ってきた。
「日本人観光客が乗るバスに空席があった。同じ便に乗って帰るツアー客だそうだ。話をつけておいたから、一緒に行動するといい」
 パオロは、由佳が安全に空港まで辿り着けるように手配してくれていた。
「Grazie mille」(どうもありがとうございます)
「イイエ オキーニ ナサら〜ズ」
 僕がお礼を言うと、カタコトの日本語が返ってきた。
「日本で待ってるからね」
 由佳はそう言い残してバスに乗り込んだ。走り出したバスは、すぐに見えなくなった。
 まずは一安心だ。
 時刻は午前十一時四十分を過ぎたあたりだった。愛花さんからの連絡はまだない。
「パオロ、これからどうする?」
「おっと、逆探知の準備を忘れていた。電話を貸してくれるか?」
 僕から電話を受け取ると、どこかに掛け始めた。
「パオロだ。この番号に掛けてくる電話を逆探知してくれ」
 それ以降の会話は、あのときの借りがどうとか、今度また上玉を都合してやるからなどといった大人の込み入った会話だったから、僕は聞かなかったことにした。
 パオロから電話を受け取った途端、電話が鳴る。
 愛花さんからの着信を報せるメロディが流れている。
「もしもし?」
「祐クン? ゴメンね、収録がおしちゃって」
「いえ、構いません。何か分かったんですか?」
「えっと、父親が分からないってことまで話したと思うけど」
「父親については分かったことがあります。父親は日本人らしいんです」
作品名:セクエストゥラータ 作家名:村崎右近