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セクエストゥラータ

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 *  *  *

 プルルルルル……
 五回目のコールが終わる。
 電話を掛けている相手はリポーターの愛花さんだ。時間も時間だし仕事中なのかもしれない。
 六回目のコールが終わる。
 せめて留守番電話サービスに繋がって欲しいところだ。
 七回目のコールが終わる。
「もっもしもし!?」
 慌てた様子の声は、間違いなく愛花さん本人だった。
「シャワーを浴びてたの、ごめんなさい」
 電話越しに身体を拭いている雰囲気が伝わってきて、少し気恥ずかしい思いをしている自分に気付いた。同時に、まだ心に余裕があることを知って、ほんの少し安心する。
 挨拶もそこそこに本題を切り出した。
「調べて欲しいことがあるんです」
 僕は奈津美の両親についての調査をお願いした。誘拐犯の言いなりになるわけじゃないけど、知っておく必要はある。
「うん、わかったわ。ツテがあるから当たってみる」
「お仕事忙しいのにすいません」
「いいのよ、私はカメラの前で笑うことしかさせてもらえないし。じゃあ朝一で連絡入れるわね」
 再度お礼を伝えて電話を切った。同時に、黒木先輩が戻ってきた。
「管轄外の事件に首を突っ込むなだとぉ! こっちは後輩の彼女が誘拐されてんだぞ! 帰れるわけねぇだろが!」
 黒木先輩は分かりやすく荒れていた。地元の警察に任せて帰って来るようにとでも言われたのだろう。
 黒木先輩は僕が電話を持っていることに気付いて顔色を変える。
「犯人からか?」
「はい。最初の電話と同じで、試合に負けるように要求してきました。奈津美の両親を調べろと言っていました。あと、警察には報せるなと」
「もう知ってしまった」
 黒木先輩はベッドに腰掛けた。
「警察に報せるなと言われても、報せなければ一個人が代表チームに干渉できるわけがない」
 その通りだ。僕は頷く。
「あくまでも秘密裏に代表チームに干渉する必要があるわけだが」
 黒木先輩の話は続く。
「しかし、そんな手段を持っていなかった場合、誘拐自体が無意味なものになる」
 またまたその通りだ。
「こうは考えられないか?」
 黒木先輩は立ち上がった。
「犯人にとってサッカーの結果がどうでもいいものだとしたら? つまり、安全な場所まで逃げるための時間稼ぎをしているんだ」
「誘拐の目的は?」
「金だろう」
 果たしてそうだろうか?
 黒木先輩の意見はとても納得できるものじゃない。

 犯人は奈津美の両親について調べるように言ってきた。
 僕や由佳が奈津美の両親とも親しい間柄であった場合、時間稼ぎにはならない。実際、僕は由佳の両親ならよく知っている。
 僕たちについて入念な下調べが行われていた、と考えても無理はない。奈津美の誘拐は計画的に行われたものだろう。犯人は、僕でも由佳でもなく、奈津美を誘拐しなければならなかったんだ。
 犯人は奈津美が今日の試合を観戦することを知っていた。ホテルの予約を調べれば、僕と由佳、そして黒木先輩の存在を知ることはできる。ホテルを予約したのは四月なのだから、調べる時間は充分にあったはずだ。むしろ知らないはずはないと言ってもいい。ならば、黒木先輩が日本の警察官だということも知っているはずだ。その上で『警察には連絡するな』と言ってきた。
 極めつけは、僕らの滞在予定だ。
 六月二十三日の夕方の便で日本へ帰る予定だった僕らには、半日も時間が残されていない。
 次の日本の試合が行われるのは、六日後の六月二十八日。
 警察沙汰にせず滞在するには、金銭的に無理がある。犯人にしてみれば、こちらの都合など知ったことじゃないだろうが、お金目当てだとして、警備が厳重なスタジアムでリスクを犯してまで実行する必要があるのだろうか?
 宿泊費を工面することもできない異国の学生相手に、身代金を要求するだろうか?
 順番が後先になったが、これが突発的な犯行の可能性が低いと考える理由だ。
 時刻は深夜一時を回っていた。
 僕はこれ以上考えても進展しないという結論に達する。
「先輩、今夜はもう寝ようと思います。愛花さんが奈津美の両親について調べてくれるそうです。明日の朝、その話を聞いてから今後のことを考えます」
「大丈夫か?」
 僕はその言葉を『眠れるのか?』という意味で受け取った。
「いざというときに動けない、では済まされないですからね」
「そうか。すまないが、俺は予定通り昼過ぎの便で先に帰ることになりそうだ」
「いえ、大丈夫です。今後のことは由佳と相談します」
「本当にすまない。俺は一杯引っ掛けてくる。情けないことに、酒を入れないと眠れそうにない」
 通訳としての同行を申し出ると、何のために日本語が通じるホテルを選んだと思ってるんだ、と言って、一人で部屋を出て行った。
 大丈夫。まだ心に余裕はある。
 奈津美、無事か? 泣いてないか?
 僕は奈津美の無事を祈りながら、次の電話が鳴るまでの、束の間の休息に目を閉じた。

 *  *  *

 至って普通の朝だった。
 寝覚めも普通。体調も普通。
 よく眠れたわけではないが、全く眠れなかったわけでもない。夢も見たようだが内容はうろ覚え。
 隣のベッドで寝ている黒木先輩から漂ってくる酒の匂い以外は、至って普通の朝だ。
 時刻は七時少し前。睡眠時間は五時間半といったところだ。
 ゆっくりとストレッチをして身体と頭を起こす。由佳はまだ寝ているだろうから、今のうちにシャワーを浴びることにする。この時間なら犯人からも愛花さんからも連絡はないだろう。……と思いつつも携帯電話をバスルームに持ち込んだ。

 午前八時を過ぎた。
 黒木先輩も目を覚まし、シャワーを浴び終えている。
 午前八時三十分。目を覚ました由佳が部屋を訪れたので、朝食を取ることにする。
 三人とも口数が少ない。
 食事を終えて部屋に戻ったあと、黒木先輩が口を開いた。
 これからどうするのか、話し合いを始める。
「知っての通り、俺は警察官だ。だから日本の警察には既に連絡してある。日本から専門のチームを派遣するといっていた。到着するまでは、ローマの日本大使館に行くように言われているんだが……」
 黒木先輩は言を濁す。
 言いたいことは分かるんだ。
 日本からの専門チームが到着するのは、いったい何日後になることだろうか。
 W杯の影響で、イタリア行きの飛行機はどの便も満席だ。イタリアへ入る国際便が満席なので、第三国を経由したとしても解決することはない。
 それ以前に、他国で捜査を行うためにはその国の警察組織に許可を得なければならない。そうでなければ、最悪の場合は外交問題に発展してしまう恐れもある。
 何にせよ、犯人の言っていた“警察には連絡するな”を破ってしまったことになる。

 そして時刻は午前十時になった。
 まだ犯人からも愛花さんからも連絡はない。
「すまないが、そろそろ行く」
 黒木先輩は最後に一言、がんばれよ、と残して部屋を出た。
 由佳と二人だけになった部屋は、更に重たい沈黙に支配された。
「警察に行こう」
 僕は沈黙を破った。
「え?」
 由佳は驚いた顔で僕を見る。
「遅かれ早かれ日本の警察を経由して伝わることだし、それなら協力してもらべきだと思う。逆探知とかね」
作品名:セクエストゥラータ 作家名:村崎右近