三色もみじ
武志
「お昼どうする?」武志が聞くと、笑子は「もうそんな時間、過ぎるのが速すぎるわ」と残念そうに言う。それは自分と一緒にいることが嬉しくて、いずれ来る別れの時間までが
短くなって残念ということだろうかと思って、武志は心にツンとした感覚を覚えた。番号順に回ってきたのだが次の番号は、前方が下り坂になってきて、元馬場が見えてきた。
「あそこにベンチがある、あそこでお昼にしよう」と武志が言うと「そうしようか」と笑子が言って、もう先に歩き出す。とととっという感じで、小柄な笑子が坂を下る。武志は
その後ろ姿が小学生のように見えて、微笑んでしまう。
「ここでいい?」と聞きながら笑子は、もうリュックを降ろして何か取り出している。
武志も脇に座り「サンドイッチ買ってきたんだ」と取り出した。
「わたしはお握りとお稲荷さん。いっぱいあるから、ここに置くね、好きなのとって食べてね」
武志は「じゃあ、サンドイッチ食べて」とベンチの二人の間に食べ物と飲み物が並んで、
幸せを絵に描いたような風景になった。
「久しぶりだなあ。女性と一緒に野外でお昼なんて」と武志が言うと
「あら、女性と認めてくれるの」と笑いながら笑子が言い、お茶を口に運ぶ。さすがに五十代、皺も見えるが、女を捨てて開き直った中年にはなっていない。
「たぶん」と武志がふざけて言うと「あらっ」と笑子が一瞬真面目な顔になってから笑い出した。
「たぶんかよう、でも女の証拠見せてって言われても困るしねえ。胸小さいし」
笑子が半分冗談で言う。
武志は、つられるように胸に視線をやる。すぐに冗談に出来れば良かったが、すぐに言葉がでず、「ま、大きいと老人になってから悲惨だよ」と言った。
笑子は何を思いだしたか急に笑い出した。武志が怪訝そうに「なに、どうしたの」と聞くと
「テレビでね、素人のおばあさんなんだけどね、おっぱいがどんどん下がってきて、腰のベルトを閉める時、おっぱいの先を一緒にしばっちゃったって」
「みたくねえ」と武志が若者のような言い方で言う。
武志は視線を前に戻す。広場のようなこの場所に、三角形を描くようにベンチが置いてある。左側には丁度女性が座るところだった。そして右側には男の老人と、その娘だろうか。老人は座ったまま、娘はたったりしゃがんだり、手作り弁当だろうかをしきりに老人に勧めている。