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三色もみじ

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真奈実


 立ち止まって待っている真奈実の側に父が立った。さすがに息があらい。
「情けないなあ、若い時は立山にも登ったことがあるのに、こんな丘か小山ぐらいで」父はそう言って、大きく息を吐いた。
「疲れた?」と真奈実が聞く。
「いや、それほどじゃないが、気持ちと体が違う」父は少しもどかしそうに自分の足を見ながら言った。
「普段歩かないからよ。高尾山がすぐ近くじゃない」
 父は高尾山のふもとの老人施設に入っている。歩く場所には事欠かない筈だ。
「一度途中まで登ってみたけど、帰りの坂道に往生したよ。膝が痛くて痛くて」
 父は膝を撫でながら言った。まあ、それは本当なのだろう。だったら平らな所をと言いかけたが、数人のグループが登ってくるのを見て、真奈実は父の腕をひき道をあけた。
 また父と並んで歩きながら、たまに訪れる父の部屋の様子を思い浮かべながら真奈実は「いつもずうっとテレビを見ているの」と聞いた。
「そんなこと無いよ。本を読んだり、洗濯に行ったり」
 真奈実の記憶では、推理小説の読みかけがおいてあったが、1ヶ月ぐらいは同じ本だった。施設内のコインランドリーには行っているようで、タンスの中はきちんとしていた。
「あそこで、趣味のサークルみたいのいっぱいあるじゃない、コーラスはまあ、無理だろうけど囲碁・将棋とか、書道とか」
「囲碁はあるけど将棋は無いんだ、囲碁はできない」
 まあ、自分に出来るものがあっても参加することは無いのだろうなと真奈実は思った。
父はコミュニケーションの取り方が極端なのだ。必要以上に偉そうにしたり、へりくだってしまったりする。上からか下からかである。同じ高さでコミュニケーションできない。
会社ではそれで良かっただろうが、ケアハウスのような所ではうまくゆかないのろう。必然的にテレビの前ということになる。
「退屈だよ。何か面白いこと無いかなあ」と父が言うので、退屈だと言っているうちはまだ少しは前向きなのかも知れない、と思い直しここに来たのだった。
 写真を撮っている老人が多い。
「お父さん写真を趣味にすればいいじゃない。ほら、いっぱいいるよ」真奈実が父に言うと「面倒だ」の一言を言って黙った。趣味を持ちなさいとか、何かすればと言うと不機嫌になる。ずうっと、誰かが面白い事を持ってきて、あるいは面白いことに誘ってくれるのを待っているのだろうか。真奈実は、そんな父を鬱陶しいという気持ちと憐憫の気持ちと、小さい頃かまってもらえなかったが、それでも父は父という気持ちが混ざり合っている。
 女性がひとり追い越して行った。何気なくその後ろ姿を見て、周りを見渡す。大部分が二人以上で歩いている。一人だけなのは高価そうなカメラと三脚を持った男が多い。
 真奈実は空腹を感じて時計を見た。正午少し前だった。少し下り坂があって、その先に
広場のような所があって、ベンチが見えた。
「お父さんお腹空いた?」と真奈実が聞くと、「うん、珍しく」と言って少し照れたように笑った。
「お弁当作ってきたんだよ。ほら、あそこで食べようか」
 真奈実が先に坂道を下りる。ベンチに座り、持ってきた弁当を広げる。振り返ると父が必死という感じで歩いてくる。やはり下り坂は膝に負担がかかるのだろう。
 遅れて父がベンチに座り、弁当を見て「ほおぅ」と言った。そして「弁当なんて何年ぶりだろう」と言った。父がコンビニの弁当を食べているのをみた事があるから、何年振りかと言うのは手作り弁当ということだろう。真奈実は「何年? 何十年じゃないの」と言った。父は本気で思い出しているらしく、しばらく真剣な顔をして、「新婚時代かもしれんな」と言った。
「半世紀前じゃん」と真奈実は言って紙コップにお茶を注いだ。
「昭和三十年代かな」と言いながら真奈実は食べやすく小さく作ったお握りを父に渡す。
「あ、それおかか、あと昆布と梅とシャケがあるよ」
「そんなに食べられないよ」と言いながら、それでも嬉しそうに食べ始めた。少しペチャペチャという感じで食べている。真奈実は自分が夫に「ちょっと小犬みたいに、ペチャペチャ食べるなあ」と言われたことを思い出した。食べ方も遺伝するのだろうか。尊敬する父でもないし、いやなことばかり父に似ていると真奈実は父の方を見ないでお握りを頬張った。
「お父さんとはあんまり一緒に食べたこと無かったね」と言った。
 父は、少し間があって「忙しかったからな」と言った。
「何が忙しかったんだか」
 真奈実はそう言ってから、夫が病気ということもあって、自分の心に余裕が無いのだろうかと自己嫌悪に陥りそうになる。父も真奈実が小さい時から、あまり家にいない負い目があるのか、真奈実を叱るということが無かった。真奈実は気を取り直し、漬物と唐揚げを父に食べるように促した。

作品名:三色もみじ 作家名:伊達梁川