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三色もみじ

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真奈実


 真奈実は、父の片腕をとり、上に引くようにしながら坂道を下る。小柄な父なのでいくらかヒザの負担が減るだろうと思った。しかし父の表情が苦しそうだ。下り坂はやはりヒザが痛むのだろう、そう思いながらも真奈実は「ふだん歩かないからよ」と言ってしまう。
どうしてこんな所に来てしまったのだろうと、真奈実は後悔しながら、広場でみた独りの女性を思い出し、ため息をついた。あの場所に父を置いたまま、夫に連絡も入れずに、遠くに行けたらと想像しながら、父の腕を持ち上げながら下る。そんな程度ではあまり痛みが減るとは思えないので、「おんぶする」と真奈実が聞いたら、父は即座に「いい」と言った。さすがにそれくらいのプライドはあるようだ。
「うばすてやま」と父が言った。
「え」真奈実が聞き返しながら、ああ姥捨て山のことかと思った。
「おんぶするって真奈実が言ったとき、頭に浮かんだんだ」と父は苦笑しながら言った。
「ああ、それもいいかなあ」と真奈実がふざけて言うと、父は真面目な顔で「あそこもそうかも知れないよ」と言った。真奈実はそれがケアハウスのことを言っていると分かった。
「何言ってんのよ、天国みたいなとこじゃない。食事は出る。遊びのサークルはある。自由に外にも出れるし」と真奈実は自分の声に棘があるのを感じながら、コミュニケーション下手な父を責めるように言った。それでも喋りながら歩いたほうが気が紛れるのか、少し表情の良くなった父を見ても真奈実の心は晴れない。
 どうにか坂道を下りて境内に着き、ベンチを見つけて座った。真奈実が「トイレは?」と聞くと、父は首を振った。「じゃあ、ここに座ってまっていて」と言って真奈実はトイレに向かった。(父をケアハウスまで送って、掃除をして、家に帰ったらまた家事が待っている。冷蔵庫に何があったかしら、買い物をする時間があるかしら、夫は昼からお酒を飲んでいるのでは)と思いが交錯し、ああ面倒、このまま全部捨てて蒸発したいと思った。
 トイレから出て歩き出した真奈実は、目の前をあるいている女性が、広場で独りで昼食を食べていた女性だと思った。少し寂しそうに見える後ろ姿も、自分にない限りない自由を持っているような気がしてくる。真奈実はつられるようにあとを追って歩き出した。
 
作品名:三色もみじ 作家名:伊達梁川