三色もみじ
真奈実
真奈実が振り返ると樹々の間から大きな大日如来が目に入った。その顔は自分の好きなようにしなさいと微笑んでいるように見えた。真奈実は出口に向かって歩き出す。
境内を出てすぐにまんじゅうを売っている店があって数人並んでいるのが見えた。あの女性がしばらく逡巡するように立ち止まってその店を見ていたが、やっぱり止めたというように、歩き出した。真奈実はまんじゅうを買って父のもとに戻ろうかと一瞬考えたが、ええいっと色々な思いを振り切り駅に向かって歩く。身体が軽くなったようだ。そして今までと違う自分になれた気がして、高揚した気分になった。
商店街をしばらく歩くと、店先に帽子を並べている店がある。真奈実はその中から一番派手と思える、ピンクと灰色の縞模様の帽子を買って、その場で被った。ますます違う自分になれた気がしてきて、自分でも歩き方がさっそうとしているように感じる。気のせいか通り過ぎる人々が自分を注目しながら歩いて行くようにも思えた。こんな気持ちは何年振りだろうかと思いをめぐらせたが、それもすぐに諦めた。自分は前とは違った自分になれたのだから。
駅ビルに入り、ぶらぶらと見て歩いた。おしゃれな店があるが、高揚した真奈実は更に華やかな所に行きたいと思い、新宿へ行くためにホームに出ると急行が着いた所だった。
電車に入ると空いている席はなかった。動き出した電車の窓から建物ばかりの景色を眺める。やがて河が見えてきて、小さい頃時々行った父の生家とベンチに座ってぼーっと待っているだろう父を思い出した。そして案外早く醒めてしまったことに誰にともなく舌打ちをする。府中駅で下りに乗り換えて真奈実は引き返した。父はたぶんずうっと同じ場所に座っているだろうと思ってはみたが、小さな子供のように私を探してうろうろしていないかと気になってきた。太陽はもうじき沈もうとしている。
高幡不動の駅に着いた。ちょっと前に、ゆったりとショーウィンドーに映る自分の姿に満足しながら歩いてきたお寺までの短い商店街を、走る様にして通り過ぎた。
ぞろぞろと帰りの人達の波をかきわけるように真奈実は境内のベンチに向かって進んだ。
父の姿が見えてほっとする。うなだれたような姿勢で同じ場所に座っている。近づいてみると父は居眠りをしている様子だ。真奈実は軽く父の肩をたたいた。少し間があって父は生気のない眼で真奈実を見上げ、「ああ」と言ってから何かを言おうとしたが、すぐに言葉が出ず、のろのろと立ち上がった。
「寝てたの」と、真奈実は自分がトイレから出てすぐ戻ってきたように聞いた。
「そうらしいな」と言ってから父は、「いつの間にか夕方になってるな」と言いながら歩いた。真奈実は灯りが目立つようになっている屋台の店々を見ながら、父の感じている時間と自分の時間の違いについてぼんやりと考えながら駅に向かって歩いた。
(了)