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三色もみじ

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英美


 正午を少し過ぎ、太陽の光は広場全体に降り注いでいる。
 英美はサンドイッチを食べながら、また昭雄のことを思った。しかしその思いの深入りはしない。いつの間にか身についた習性なのだろうか。それでも独りで食べていてもサンドイッチはおいしく感じるのも、自分が惨めとは思わないのも頭の中に昭雄がいるせいである。
 恋人といえるひとがいた時代もあった。苦くつらい思い出もある。英美は孤独な時代があって、それから昭雄と付き合い出した頃のことを思い出した。街を独りで歩いていても「恋人がいます」と通りかかる人々の一人ひとりに言って歩きたいほどだったし、公園を通る時は、木々や草花に感動し、まるで夢見る少女のようだわと自分のことをあきれるほどだった。
 英美は右前方のベンチにいるのが、仏像を見てふざけあいながら歩いていた二人だと思った。服装等を覚えているわけでは無い。雰囲気かなと英美は思う。二人の歳はと想像してみる。男のほうは昭雄と同じか少し上、女のほうはやはり同じ歳かな、私の十年後ぐらい。十年後も昭雄とあんなふうにずうっと一緒にいれたらいいなあと思った。
 暖かい日差しのせいか仏像をいっぱい見てきたせいか、身体の緊張がとけてくる。思えばずうっと、緊張の連続だったような気がした。看護師で係長という仕事そのものの緊張、独り暮らしで居ることで隙をみせてはいけない、もちろん病気をしないようにということもある。
 会いたい。英美は素直にそう思った。昭雄にはたまに会ってバカ話をしたり、抱かれたりすることで充分と自分に思い込ませていた。私のためにあなたの家庭は壊さないようにねなどと言ってみたり、無理をしている。昭雄を部屋に招いた時も、何も置いてはいかせなかった。昭雄を駅まで送って帰ってきて、テーブルの上の二組のティーカップを見て、
楽しさを思い出すことはなく、寂しさを倍増させているように思えて、すぐに洗って片付けたこともある。
 恋、恋人、密通、浮気、愛、愛人、不倫、泥棒猫、四十路、破滅、自由。英美の頭に幾つもの漢字が浮かぶ。(わたし、漢字が得意)と小さい声で言ってみる。
 英美は携帯を取りだして、昭雄へのメールのタイトルを打つ、あいの変換。
【愛、会い、哀】
 愛しています。会いたい、会って会ってあなたを離さない。ずうっとあなたと一緒にいたい。哀しい。英美はそう思いながらも、だんだんと昭雄がずるい男に思えてきた。家庭ではいい夫でいい父親と思われているのだろう。英美はメールの本文を打つ、
【わたし、いい子で生きるのはもう飽きたわ】
 英美は、メールを受け取った時、昭雄は何をしていて、どんな顔をするのだろうかと思った。どうせなら、妻と一緒の時に、大きな呼び出し音が鳴ればいいのにとも思った。意地悪な、そして自分と昭雄の別れがくるかもしれない自虐的な思いにとらわれ、それは涙を伴って、ある種の快感のような思いもしてきた。英美は頬を流れる涙を感じながら、感情に身を任せた。送信ボタンは押せなかった。
 英美の後ろの小道をカップルが通った。女が「独りできたのかなあ。淋しいね」と言ったのを男が小声で「おい、聞こえるよ」とたしなめた。英美はそれが自分のことを言っていることに気づいた。余計なお世話だと、振り返って怒鳴ろうかと思ったが、それも惨めになると思い直し、聞こえないふりをしたが、その言葉は頭から抜けない。(ふん、お前のその男だって、浮気しているかもしれないぞ)と毒づいた。英美は怒りのままにメールの送信ボタンを押した。
 英美は気を取り直すように上を見上げた。松の木の緑と紅葉した樹々、数人の人々をぼんやりと見ながら、独りでいるのは慣れているわと声に出さずに言ってみる。もし昭雄ともう会えなくなったら、それでもしばらくは頭の中に昭雄は住み続けるだろう。少しずつフェイドアウトしてねと、過去の恋愛を思い出しながらティッシュをとりだすと、涙を拭いて鼻をかんだ。その音は思ったより大きく聞こえ、泣いているのに可笑しく感じた。そして英美は楽観的に、さっきのメールによってより親しくなって、昭雄が離婚して一緒になれるような気もしてきた。(もう小娘じゃないわ)と英美は未練を断ち切るように携帯の電源を切り、「さて」と言って何事も無かったように装って立ち上がった。細い道を歩きだすと、枯葉の匂いが泣け泣けと言っているように感じて、感情に身を任せ歩いた。それでも昭雄からのメールが来るのを待っている自分に気づいて携帯の電源を入れる。ちょっと前までは暖かく思っていた空気が冷たく感じた。

作品名:三色もみじ 作家名:伊達梁川