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Remember me? ~children~ final

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 優子の父さんと母さん、そして二人とは何の接点もない僕の、昨日と今日の数時間ではあるが三人で過ごす最後の一日は、なんとも奇妙な生活だった。
 僕は声を取り戻していたにも関わらず、その事を優子の父さんに告げただけで、それ以外の場で言葉を発する事はしなかった。
 第一に、優子の母さんは、もう僕と言葉を交わす気になんてなれない筈だ。

 やがて陽は傾き、西日が窓から差し込む。
 ずっと自室の椅子に座ってボーっとしていた。
 まあ、どうせもうすぐ僕の部屋じゃなくなるんだけど。
 そろそろ父さんが迎えに来る頃だ。
 早いところ、この家……いや、この街から逃げ出したい。
 この街には忘れたい事が沢山あるから。
 そう思ってはいるのだが、まだこの街でやる事は残っている様に思える。
 これで、良いのか?
 こっそりと学校へ行き、荷物を全てまとめて先生にだけ会って、友達には何も言わずにこの街を去る。
 この街で生まれて、この街で生きて、この街で友達を作って……親友もできた。
 このまま街を出たら、きっとこれから先ずっと後悔する。
「忘れちゃいけない事も……あったんだ……」
 部屋から出て階段を駆け下り、家を出た。
 外では優子の父さんが一人、煙草を吸っていた。
「麗太君、どこかへ行くのか? もうじき、父さんが迎えに来るぞ?」
「この家を……この街を出る前に、どうしても会っておきたい人がいるんです」
 彼は左腕の時計で時間を確認し言った。
「まだ余裕があるな。行ってくると良い。自転車だってある」
 庭の隅には自転車が置かれている。
 たまに優子の母さんが使っていたママチャリだ。
「誰だって、後悔だけは……したくないからな」
 それだけ言うと、彼は煙草を片付けて家に戻った。
 好きにしろ、という事だろうか。
 何にせよ時間がない。

 自転車を走らせ、――――の家に行ってみた。
 インターフォンを押したのだが応答がないところを見ると、まだ家には帰っていない様だ。
 夕方……この時間、放課後に――――が行きそうな場所といえば……。

 あいつを探し自転車を走らせていたところ、偶然にも数人のクラスメイトに出くわした。
 転校の事やこれからの事、喋れる様になった事、色々な事を聞かれた。
 やはり小学校生活を共にした仲だ。
 いざ会ってみると、別れが辛くなるものだ。
 この後の事を考えると余計に……。
 しかし時間は待ってはくれない。
 早急に事を済ませる為に、彼等に聞いた。
「――どこにいるか分かる?」
「そうだなぁ……あいつ、お前が転校するって聞いて、かなり落ち込んでたし。俺等が放課後に遊びに誘ったんだけど、やっぱり断られたよ」
「そっか……」
「あ、もしかしたら、あの駄菓子屋とか。よく一緒に行ってたじゃん?」
 駄菓子屋。
 そこに――――と始めて行ったのは、まだ僕が喋る事が出来なくなってすぐの事だった。


 駄菓子屋の外に置かれているベンチに、――――は座っていた。
 何も買っていなかった様で、ただ俯いて座っている。
 すぐ側に自転車を止め、近付く。
「綾瀬……」
 呼ぶと、ハッと我に返った様に僕の方へ顔を上げる。
「麗太……」
 一度だけ驚いた表情を浮かべて、すぐに微笑んだ。
「隣、座っていい?」
「おう」
 綾瀬の隣に、少しだけの間隔を保ちつつ座った。
「喋れるように、なったんだな?」
「うん。……色々あって……」
 少しだけ沈黙が降りる。
 いざ会ってみたはいいが、何を話すべきか分からなくなってしまう。
 きっと、綾瀬も同じだ。
「……そういえば、今日限りで引っ越すって、本当なのか?」
「うん。引っ越して、父さんと二人で暮らすんだよ。もう、優子もいないし……。優子の母さんと父さんの事もあるから……」
「そっか。平井の事……悪かったな」
「どうして綾瀬が謝るの?」
「あの時、麗太を外に連れ出さなければ良かった。お前が付いていれば、平井は勝手に学校を抜け出して……あんな事には……」
 俯く綾瀬の肩に手を置く。
「綾瀬のせいじゃないよ。でも、やっぱり辛かった。優子は、僕の大事な人で……家族だったから……」
 綾瀬は立ち上がり、僕に手を差し出す。
「麗太、お前はまだ一人じゃない。俺だって、お前の事は家族も同然だと思ってた。だから……」
 僕は彼の手を握り立ち上がる。
「綾瀬は僕にとって親友……勿論、家族でもある。だから、いつか必ず帰ってくる」
 握っていた彼の手に力が込もる。
「ありがとう」
 そう言った、綾瀬の瞳は涙で濡れていた。
 きっと、綾瀬に会わなかったら公開していたと思う。
 僕が生まれてからずっと過ごしてきた、この街での思い出は、こんなにも陳腐なものだったのかと。
 でも、最後に綾瀬に会えて良かった。
 母さんや優子の死までもが、ただの出来事であったと成り果てた今、綾瀬に会えた事で、全ては意味のある出来事であったと気付けたのだから。
 この街で過ごしてきた今日までの出来事は、絶対に忘れはしない。
 そして、いつか必ず戻って来ると心に固く誓った。




 七年後。
 僕は、再びこの街を訪れる事になる。
 でもそれは、また別の話。
作品名:Remember me? ~children~ final 作家名:レイ