Remember me? ~children~ final
Next view ~Reita Sayahara~
クラスの様子がどこか違うと感じたのは、優子と学校に来てすぐの事だった。
廊下で友人達に無視された優子。
ただ気付かれなかっただけだと思っていた。
その時までは……。
教室に入ってすぐ、僕と優子はそれぞれ自分の席へ向かった。
僕の席と彼女の席はほぼ反対方向で、優子が窓側で、僕が廊下側に位置している。
クラス内では既に給食を配り始めていた。
そんな最中、綾瀬が話し掛けて来た。
「お前、給食だけ食べに来ただろ? もう授業だって一時間しかないし。まあ、いいか。ちょっと体育倉庫の鍵を閉めに行くんだけど、罰として一緒に来てくれよ」
久々に話し掛けて来た極普通の会話。
僕は僅かに安堵していたのかもしれない。
優子を教室に置き去りにし、綾瀬と外の体育倉庫付近へ向かった。
体育倉庫付近には誰もいない。
それを見計らったのか、綾瀬は僕を連れて倉庫の裏に周り、そこで話を切り出した。
なるほど、体育倉庫の鍵を閉めるというのは只の口実か。
そこまでしなければならなかった理由を、彼の言葉から知りたい。
「なあ、麗太。お前は俺の親友……だよな?」
当たり前だ。
もし喋る事が出来たのなら、そう断言していた。
今は頷く事しか出来ないけど。
「ありがとう。……優子の事なんだけど……。お前にとってはショックな話になるかもしれない。でも、お前をこのままにしてはおけないんだよ。だから……話すよ」
数日前から、クラス内で男女共に物がなくなる事が多かった。
俺と優子が学校をサボった、そんな今朝の事。
その日は週に一度の朝清掃の日だった。
優子の机を運んでいた女子が、誤って彼女の机を倒し、中の教科書等をばら撒いてしまったそうだ。
そこに入っていたらしい。
数日間、クラスの男女共に失くしていた色々な物が。
ある男子は、大事にしていたサイン入りの野球ボール。
ある女子は、大事にしていたキーホルダーや携帯。
その他にも、机の中からは色々な物が見つかったそうだ。
綾瀬と天美がよく一緒にいたのは、優子の事で相談事があったからであり、今までの綾瀬の僕に対しての対応は、平井が苦手だったからとの事らしい。
そういった点を踏まえれば、今までの二人の態度にも説明が付く。
それでも信じられなかった。
あの穏和な性格の優子が、そんな狼藉を働く筈がない。
何かの間違いに決まっている。
綾瀬が僕をここに呼んだ理由……。
それは僕を優子から遠ざける為だとすると、最も最悪な彼女の状況が浮かんだ。
このままでは優子が危ない。
何かの間違いであったとしても、こんな状況下の教室に優子を一人でいさせるなんて危険過ぎる。
教室へ走り出そうとした瞬間、綾瀬は僕の腕を掴み声を荒げた。
「行くな! あいつは猫被ってんだぞ?! お前も、そのうち何されるか分かったもんじゃない!」
それでも……優子は……僕の大切な人だから。
綾瀬の手を振り払い、そのまま教室へ向かった。
階段を駆け上がり廊下を走り、辿り着いた教室の中を見渡す。
優子の姿がない。
彼女の机の上にはランドセルが置かれているのだが、その上に給食がぶちまけられている。
駆け寄り、ランドセルに掛かったおかずや汁物等の具材を手で拭き取り、床に捨てた。
ポケットからシャーペンとメモ用紙を取り出し、筆談の為の文章を書いて、ちょうど近くにいた男子にそれを渡す。
『誰がこんな事をした? 優子はどこ?』
答えずらそうに俯く。
今は一大事だ。
どんな手でも使って見せる。
メモ用紙を片手に俯く男子の胸倉を、僕は強引に掴んだ。
周りがざわめく。
「おい、麗太……ちょっと待てよ……。いくらお前の彼女でも、犯人は平井なんだぜ? あんな奴……もう縁切りした方が身の為だぜ?」
こんな奴に……僕と優子の何が分かるっていうんだ!
胸倉を掴んだまま、思いっ切りそいつ目掛けてジャンプして体重を掛けた。
こいつと僕の体格は同じくらいか、僕の方が劣っているか。
それでも全体重を掛けて、体の一点に目掛けて飛び掛かれば、こちらが圧倒するなんて容易な事。
以前、上級生ともめ事になった時、綾瀬が同じ様な事をしていたのを覚えている。
そのまま彼の腹を潰す態勢で、胸倉を掴んだまま床に倒れ込んだ。
今まで大人しかった僕が、こんな事をしているんだ。
珍しさから来る恐怖で、既に彼は悲痛な呻き声を上げている。
「やめろ! やめてくれ! 平井は、俺が給食をぶちまけてやったらどっか行っちゃったよ! 俺は何も知らない!」
こいつが……優子を……。
拳を握り、一発だけ殴ってやった。
集まってきたクラスメイトの野次馬を掻き分け、先生が来る前に教室を出て、外へ向かった。
その後、ひたすら街中を探し回った。
商店街、駄菓子屋、郊外、公園。
家に帰っているのかと覗いてはみたが、優子の母さんしかいない様だ。
優子の母さんには、今は先程の出来事は話さない方が良いと判断した。
余計な心配を掛けたくなかったのだ。
一人で優子を見つけ出して、クラスメイトの誤解を晴らし、全てを元に戻す。
そんな無謀な考えを、この時の僕は本気で実行しようとしていた。
しかし、優子が見つからないのでは話にならない。
いったい、どこへ?
彼女の行く宛てのある場所は全て潰した筈。
とにかく今は、一刻も早く見つけ出すのが先決だ。
走っても走っても、優子は見つからない。
辺りは暗くなり、完全に夜になっている。
先程、公園で時間を確認した時は、夜中の十一時を周っていただろうか。
長時間、街中を駆けまわった為、もう歩くだけで精一杯だった。
住宅街を一人、ふらふらと歩く。
とりあえず家に帰ろう。
もしかしたら、優子が帰って来ているかもしれない。
僕自身が皆に心配を掛けるわけにもいかないし。
でも、もし……まだ優子が帰っていなかったら……。
視界がぼやける。
くそ!
なんで泣いてるんだよ!
僕自身が挫けたら終わりじゃないか!
涙を拭い、疲れ切った足でもう一度走り出した。
早く優子に会いたいという一心で……。
優子の家には、電気が点いていなかった。
それは外から確認する事が出来た。
優子の母さんもいないのだろうか。
もしくは、やはり優子は戻っておらず、探しに行っているか。
玄関の鍵は開いていた。
真っ暗な廊下の電気を点け、リビングへ進む。
リビングのドアは閉められているが、そこに誰かがいる気配がある。
テレビだけは点いているのか、音が部屋から漏れ出している様に聞こえる上、その音と共に、よく知る名前を連呼する声が聞こえてくる。
「優子……」
一歩ずつ近づく度に、その声はより聞き取り易くなる。
「優子……」
冷や汗の滲む手でドアノブを握り、意を決してリビングのドアを開けた。
テレビの青白い光と共に、その光景が視界に入る。
テレビに映る、幼い日の優子。
それを見ている一人の女性。
優子の母さんだ。
床のあちらこちらには、ワインやウィスキー、日本酒等、その他諸々の酒瓶が転がっている。
作品名:Remember me? ~children~ final 作家名:レイ