Remember me? ~children~ final
ちょっと遅刻して来ただけじゃないか。
それがどうして、いつの間にかこんな事に……。
頭の中に先程の彼等の言葉が湧いてくる。
それはまるで嗚咽の様に、私の頭の中にひたすら響いていた。
学校を抜け出した所で、誰かにぶつかった。
まずい。
こんな所で大人に見つかったら……。
見上げると、昼前に私達をつけていた女の人だった。
「あ、あの……」
泣いていた上に思いっ切り走った為、上手く言葉が出せない。
女の人は前に屈んで、そっと私の頬をなぞる。
彼女の細い指が、微かに私の涙を拭う。
この人……先程は遠めだった為に分からなかったが、ママよりは少し年上だろうか。
それよりも何よりも、どこかママとは違う、でも覚えのある香りがする。
その為か、少しだけ安心した。
女の人は泣いている。
どうして?
私が泣いているから?
今日、初めて会ったばかりなのに。
「あ、あの……私……えっと……」
何か話さなければならない。
そう思った時、女の人が口を開いた。
「会いたかった、優子」
「どうして……私の名前を?」
立ち上がり私の手を取る。
「ちょっと、歩こうか」
女の人に手を引かれ、私は少しずつ学校から離れて行った。
暫く歩いた所で、彼女の閉じていた口が突然開く。
「どうして泣いているの?」
まず聞かれるであろう筈の質問が今になってきた。
私は取り繕う様に、未だ目蓋に溜まっている涙を拭いつつ笑ってみせた。
「大丈夫です。ちょっと嫌な事があって、学校を出て来ただけですから」
初対面の人に先程の事情を説明したところで、どうにかなる訳でもあるまい。
女の人の手に僅かに力が籠る。
「何か悩みがあったら、私に言ってちょうだいね。きっと役に立つと思うから。いや、立ってみせる」
この人は一体、何者なのだろう。
私の名前を知っている上に、私の為になろうとしているなんて。
「あの……あなたは……」
女の人は、その場で立ち止まり私に笑顔を向ける。
「私の名前は小宮順子。あなたのお母さんから、何か聞いてない?」
今までママの口から、こんな人の話題が出る事はなかった
それ以前に私は、親戚のお祖母ちゃんやお祖父ちゃん、叔母さんや叔父さん、従姉妹の話すらも聞かされた事がない。
かつて、私がママにした質問を、何となく覚えている。
『私にはお祖母ちゃんはいないの?』
その質問の答えは、うちには母方も父方も、親戚はいない、というものだった。
もしかしたら、この人はママやパパと何か深い関係が?
「もしかして親戚の人か、それともママの友達ですか?」
考えられるとしたら親戚か友人という線が妥当だった。
しかし彼女は首を横に振る。
「やっぱり何も聞いていないのね。可哀想に……」
可哀想という言葉が、なぜか引っ掛かった。
「全部、話してあげる。あなたが母親だと信じている香奈の事。そして……皓の事も」
=^_^=
マイナス思考が頭に絡み付く。
嫌な事しか浮かばない。
今は、とにかく走るんだ。
家に帰ろう。
そうすれば全てが分かる。
『香奈は、あなたの実の母親じゃないわ』
先程の言葉が頭に蘇る。
『あなたは、皓と私の間に生まれた子なの』
嫌だ!
考えたくない!
『優子という名前は、香奈と皓の流産した息子、優太という男の子の名前から取ったの』
私にお兄ちゃんなんていない!
聞いた事もない!
『もしかして優太の事も聞いていなかったの? 本当に……可哀想』
違う!
私は可哀想なんかじゃない!
小谷順子という女の人と繋いでいた手を振り払い、私は思いっ切り家に向かって走っていた。
彼女は追って来ない。
私はひたすら家まで走る。
寒々しい冬の日の空の下を。
家にママはいなかった。
買い物にでも出掛けているのだろうか。
ポケットに入っている合鍵を使い、家に入った。
時計は1時半を周っている。
今、学校はどうなっているのだろう。
どうでもいい、学校なんて。
今は真実を確かめるんだ。
一階のママの部屋へ行き、本棚を漁る。
三段目の棚にアルバムがある。
アルバムを引き抜き、床に広げた。
開いた一ページにつき、二枚の写真が貼ってある。
一番新しい写真。
小学五年生の運動会で撮った写真だ。
そこに写る、私とマミちゃんの笑顔。
「どうして、こんな事になっちゃったんだろう……。私、マミちゃんに何か嫌な想い……させちゃったのかな……」
涙で視界が霞む。
今日、泣いたのは何度目だろう……。
ページを捲ると運動会よりも前の写真。
夏休みにマミちゃんが、私の家に遊びに来た時のものだ。
あの時は、麗太君とマミちゃんの仲があんまり良くなくて、二人を仲良くさせようと私が頑張ったんだっけ。
皆で行ったプール。
夏祭り。
記憶に残る思い出は、遡る程に何かを忘れている事に気付く。
だからアルバムがある。
小学四年生、三年生、二年生、一年生。
ページを捲る度に、写真に写る私は小さくなっていく。
五年生より前の写真には、ちょくちょくパパの姿も写っている。
小学一年生の私の隣で、にこにこ笑いながらカメラ目線なパパ。
幼稚園の年長、年中、年少。
まだ幼稚園に入る前。
次のページを捲ったところで……そこより前のページはなかった。
そういえば、どうして私は自分の赤ん坊の頃の写真を見た事がなかったのだろう。
この家にある私の写真が三歳くらいから始まっていて、それよりも前がないという事は、私はママやパパと共にこの家には住んでいなかったという事になる。
嫌だ。
信じたくない。
また本棚を漁り、もう一冊の分厚いアルバムを取り出す。
もしかしたら、これに……。
ページを開くと、そこに写るのは若い男女の写真。
二人が同じ制服を着ているのを見るに、高校生だろうか。
女の人が男の人に飛び付いている感じだ。
ページを捲る度に、同じ様な男女がじゃれ合っている写真が目に付く。
女の人が浴衣を着ている。
これは夏祭りか何かの時の写真だろうか。
男の人が二人と、浴衣を着た女の人が二人、それと可愛らしい小学校低学年くらいの小さな浴衣を着た女の子が一人。
この人達は誰なんだろう。
どこかで見た事のある様な……ページを飛ばし飛ばしで捲っていく。
なんとなく分かってきた。
これは高校時代のパパとママの写真だ。
ずっと……こうやって二人の思い出を写真に撮ってきたんだ。
ふと、ある写真が目に着いた。
お腹を膨らませた妊婦の写真。
ママだ。
公園のベンチに座り、幸せそうに笑っている。
写真の端には、ペンで短い文章が書かれていた。
『香奈、皓、優太。ずっと一緒だよ』
じゃあ、このお腹にいるのは……。
あの人が言っていた、ママとパパの本来の子供。
唐突に玄関で物音がした。
ママが帰って来たんだ。
こんな時間に家にいるのが知られては厄介だ。
どうしたものかと慌てている間に、異変に気付いたママは私のいる部屋に入って来る。
「優子?」
「ママ……これは……」
「どうしたの? あ、もしかして熱が出て早退して来たとか?」
作品名:Remember me? ~children~ final 作家名:レイ