Remember me? ~children~ 5
「うん。ねえ、お母さん。今日、学校の帰りに優子のお母さんの家に行ってね」
キッチンの冷蔵庫から袋に包まれたマフィンを見せる。
「優子のお母さんが一緒に持たせてくれたの。だから一緒に」
一緒に食べよ!
そう言いたかった。
しかしお母さんは、それを言う前に、私が両手に持っていたマフィンを床に叩き落とした。
「マミ。あなた最近、学校が終わっても帰ってくるのが遅かったのって、こういう事だったのね」
「あの……お母さん……」
「そんな事してる暇があるのなら、すぐ家に帰って勉強でもしていなさいよ‼」
お母さんは私の肩を掴み、声を荒げる。
床に落ちてしまったマフィンを構わず踏みつけ、私に迫る。
「来年は受験なの‼ 私の気持ちも分かってよ‼」
お母さんは声を荒げて私に迫ったかと思うと、いきなり泣き出した。
「皆……みんな私の気持ちも知らないで……。あなたみたいな出来損ないを、私一人で育てろなんて無理な話なのよ‼ あの人は仕事、仕事って……家の事は全部、私に押し付けて‼」
その後、私達はいつもの様に夕飯を食べた。
床に落ちてボロボロになったマフィンは、私が片付けて捨てた。
翌日、私はお母さんが起きる前に家を出た。
こんな家、もう帰りたくない。
でも、私は一人じゃ生きていけない。
だから家にいる時間を最小限にする。
私には、それしか出来なかった。
早朝の通学路には、私の様にランドセルを背負った小学生なんて一人もいない。
早朝の静かな街。
夏が終わった後の、涼しい十月中旬の空気。
「学校……行きたくないなぁ……」
学校へ行っても正直、楽しくない。
優子や綾瀬もいるけど……何よりも私の事を良く思わない連中がいるから。
皆が学校へ登校する時間を、隠れるように学校近くの廃れた公園にある、土管型をした遊具の中で過ごした。
一時間目が始まったであろう頃、隠れるのも飽きたので、こそこそと街中をテキトウにぶらついているうちに、駄菓子屋に辿り付いていた。
入るか迷ったけど、結局はドアを開けて中に入っていた。
ドアの開く音に気付いたのか、奥の部屋からおばあちゃんが来た。
「おや、マミちゃん。今日は学校じゃなかったのかい?」
「サボって来ちゃった」
私は笑顔で返した。
「そうかい。やっぱり気の合わない友達も、クラスに一人や二人はいるものさ」
私の学校での境遇。
家での事。
綾瀬との事
この際だから全てを打ち明けた。
私のどんな話にも、おばあちゃんは驚く事もなく、いつも通りの穏やかそうな表情で聞いてくれた。
「うん。だから今日は……学校をサボって来ちゃって……。こんな気持ちの良い日だからかな。なんか、学校へ行って嫌な気分になるのが勿体なくて」
「まだまだ若いんだから。今のうちから、なんでもするといいよ。ほら、サイダー飲みな」
冷蔵庫から出した瓶のサイダーを私に手渡す。
「あ、お金」
おばあちゃんは首を横に振る。
「お金はいらないよ。お代はマミちゃんのお話って事で、勘弁してあげるよ」
サイダーを飲み終えた後、駄菓子屋を後にした。
そういえば、今日はマルはいないのだろうか。
帰り際、おばあちゃんは私に言っていた。
「そういえばマル……最近ここに来てなくてねぇ。見掛けたら知らせてちょうだい」
マル……事故とかに合ってなきゃいいけど。
翌日から、私は再び学校へ行き始めた。
私が休んだ理由を聞いてきたのは、博美先生と優子と綾瀬だけ。
二人には、体調を崩した、というテキトウな理由で誤魔化した。
綾瀬だけには、本当の事を話した。
いや、話す事が出来たんだ。
次の時間は体育だ。
男子は更衣室で。
女子は教室で着替える事になっている。
私は授業合間で、体育着に着替える前の休み時間にトイレへ行った。
ドアを開けトイレに入ると、そこには私が最も関わりたくないと思っていた連中がいた。
四人の女子の中には由美もいる。
由美の表情が一気に青褪め、三人が私に敵意を向ける。
くだらない。
由美も、こんな連中に始めから関わらなければよかったのに。
四人を横切って、私は個室に入り用を足した。
トイレにいた分だけ、少しだけ遅くなってしまった。
トイレから出ると、皆が体育着姿で外へ向かっている。
「マミちゃん、先に行ってるからね」
私に駆け寄り言うと、優子も外へ向かって行った。
早く着替えないと。
教室のドアを開けた時だ。
その中にポツンと、一人だけ。
私の机の脇に由美が立っている。
「由美」
呼ぶと、彼女は私を横切って教室から出て行った。
どうしたんだろう。
体育着に着替えようと、自分の机に行くと、そこには無残にも切り裂かれた、私の体育着が机の周りに散らばっていた。
鋏かカッターナイフで裂いたのだろう。
犯人は、探るまでもない。
由美だ。
それから数日間、同じ様な事が繰り返された。
教科書やノートを裂かれたり、鉛筆を全て折られたり、物を隠されたり。
体育着が裂かれたりしていた為、体育の時間は何かと理由を付けて休んだ。
私の境遇を、優子や周りに知られない様にするだけで精一杯だった。
連中に話をしようという気は、その時はどうしてか起こらなかった。
ただ、嫌だった。
周りから、虐められっ子のレッテルを貼られるのが。
しだいに確信犯は由美だけには留まらなくなってきた。
由美以外の三人も関与している事が、日々の経過を見るごとに明かされていく。
授業中に私を見つめる数人の視線。
皆が私に牙を剥いている。
ただ、私が自意識過剰なだけ?
=^_^=
日々を耐え抜き、気付けば十一月になっていた。
時間が経つに従って、由美を含めた連中の動きにも、何らかのアクションが起こり始める。
私への攻撃がエスカレートし始めた。
放課後、私は由美を含めた連中に呼びだされた。
校舎裏の隅、外トイレとプールサイド近くだ。
今日は優子の家に行くという約束があるのだが、今まで間接的に攻撃をしてきた連中が、私に直接声を掛けるなんて珍しい機会だ。
だから約束を無視して連中に連れられるまま、ここに来た。
由美は気分の悪そうな顔で私から視線を反らす。
「マミちゃんは凄いね。私達にこれだけの事をされて、ちゃんと学校に来るんだから」
なるほど、ここまでされた私が、どうして登校拒否に陥らないかを言及したいわけか。
「別に。あんた達がやりたい事なら、それを私にやればいいじゃん。関わりたくないなら、私に関わらなければいいだけの話なのにね。勿論、私もあんた達となんか関わりたくないけど」
三人の敵意が私に集中する。
その瞬間を見て咄嗟に確認を掛けた。
「そうでしょ? 由美」
確認の意を求めたのは由美に対してだけ。
由美はビクッと肩を震わせ、泣きそうな表情を浮かべて私を見る。
「ちょっと由美。あんたも何か言ってやんなよ‼」
一人が由美を横から突く。
「私は……」
「私達、友達でしょ? みたいな事を言われたんでしょ? だから仕方なく、一緒になって私の持ち物を隠したり、体育着を切り刻んだりした。そうでしょ? 由美」
作品名:Remember me? ~children~ 5 作家名:レイ