Remember me? ~children~ 4
嬉しい事ではあるのだけれど、なぜか少しだけ悲しくも思えた。
暫くして、優子と麗太君が帰ってきた。
余程、楽しかったのだろう。
二人は帰って来てもプールの話題で楽しそうに笑っていた。
麗太君は知ってすらいないのだ。
自分の母親を目の前でひき殺した男の存在を。
麗太君のパパは、彼に何も話していない筈だ。
本人は、事故を起こした相手を、どう思っているのだろう。
その真意は、私が踏み込んでいいような範囲ではない。
「ママ、目が赤いよ! どうしたの?!」
優子が私の顔を覗き込む。
麗太君も、心配そうに私の方を見ている。
「何でもないわ」
軽く目を擦る。
先程までソファの上で泣いていたからか。
格好悪いところ見せちゃったなぁ。
「ママ」
「何?」
「寂しかったら、いつでも言って。私も麗太君も、出来る事があったら何でもするから」
優子と麗太君は、私に笑い掛ける。
「そうね。二人とも、頼りにしてるわ」
そうだ。
私には、まだまだ信頼してくれる家族や友人がいる。
どんなに状況が変わっても、私は一人じゃないんだ。
それに優子だって、まだまだ子供だし。
私がいないとダメね。
「そういえば優子。今日のパンツは、何の動物なの?」
優子は恥ずかしそうに頬を赤らめる。
「当ててあげようか?」
「もう、ママ! 麗太君の前で何て事言い出すの?!」
「私には分かるわ。パンダでしょ?」
「ちょっ、しかも当たってる!」
「あなた達の事なんて、私にとっては筒抜けよ」
恥ずかしそうに騒ぐ優子、少しだけ赤面して苦笑いする麗太君、優子をからかって楽しんでいる私。
私は今、とっても幸せだ。
=^_^=
皆で買い物に行ったり、プールに行ったり。
たまにマミちゃんも交えて、たくさん遊んだ。
麗太君は、よくクラスの男の子達と公園にサッカーをしに行く。
その度に泥んこの汗びっしょりで帰って来る。
よく外へ遊びに行く為か、年齢の為か、麗太君も優子もかなり陽に焼けた。
若いって良い事だわ。
夏休みも終わりに近付いてきた頃、街ではお祭りの話題で持ち切りになっている。
商店街も、住宅地も、街の学校も病院も役場も。
『ごめんね。メールしちゃった。皓の言い付け、守れなかったよ。でもね、これだけは言いたくて……。私、今年も皓と皆で夏祭りに行きたい。だから帰って来て。遅れてもいい。その時は、あの土手の上で待ってるから。お願い』
数日前、私は皓にメールを送った。
いけない事だとは分かっていたけど、もしかしたら来てくれるんじゃないかって思ったから。
返信はまだ来ていないけど。
薄暗くなった街。
建物の間に張られた提灯。
歩行者が優先された道路。
大通りの両脇に構えられた露店。
そして聞こえて来る、祭りの花火や太鼓の音。
今年の祭りも去年と同様、優子はマミちゃんと行くそうだ。
麗太君は光原君やクラスの男の子達と。
何やら優子と麗太君は祭りの最中に、こっそり合流するらしいとの相談を、二人は出掛ける前にしていた。
面白そうでいいなぁ。
私はというと、まず啓太郎の店に集まって、それから先はテキトウに考えようとの事。
まあ、毎年そんな感じだけど。
「ママ、浴衣やって」
隣の部屋から優子が私を呼ぶ。
かなり焦っている様だ。
マミちゃんとの約束の時間まで、あと僅かだし。
麗太君は既に家を出ているし。
「あーあ、これは酷いなぁ」
帯の巻き方はめちゃくちゃだし、せっかくの青いアジサイ柄の綺麗な浴衣は、はだけちゃってるし。
「浴衣くらい、自分で着れるようにならないとダメよ」
優子の体に手を回し、浴衣を着せる。
帯を小さな腰に回し、しっかりと締めた。
「これで、よし!」
「ありがとう!」
小走りで玄関へ向かう優子を見送った後、家の戸締りをして、少しだけ時間を置いてから家を出た。
家の前の小さな通りには、露店や提灯はないものの、いつも以上に人の通りは多い。
やっぱり、お祭りだから。
啓太郎の店は、いつも以上に客が入っている。
「香奈さん、こっちこっち!」
バーカウンターを挟んで、啓太郎と香奈は楽しそうに話していた。
二人の元へ行き、博美の隣に座る。
「結局、集まったのはこの三人だけね」
「その分、私達で楽しみましょうよ」
「そうだよ。祭りは始まったばかりなんだからさ」
楽しそうに笑っている。
内心では寂しい筈なのに。
去年までは五人いた筈の友人が、私を含め三人だけになってしまうなんて。
悲観していても仕方がない。
今日は三人で楽しもう。
折角のお祭りなんだから。
啓太郎は店を彼女さんに任せ、私達とお祭りへ赴いた。
「啓太郎の事、よろしくお願いしますね」
彼女さんは、私と博美にそう言っていた。
信頼してくれているのだろうか。
私や博美が啓太郎と間違いを犯す事はないと。
啓太郎との関係なんて、絶対にないと思うけど。
彼もそれは承知の上だろうし。
それにしても啓太郎の彼女さん、綺麗な人だったなぁ。
啓太郎と同じバーテン服を着ていて、体も引き締まっていた。
それに声も落ち着いる。
そのせいか、あまり表情に上下がないというか……。
私より少し年下ってところだろうか。
二十代後半の若々しさの中に儚げな雰囲気もある。
僅かな年の差である筈なのに、彼女が羨ましくも思えた。
三人で幾つか露店を周った。
啓太郎は何かと露店を出している人と顔知りが良い様で、何件かで代金をサービスしてもらえた。
なんだか申し訳ない。
博美は完全に甘えていたけど……。
露店で買った物をバーに持ち帰り、ここ最近の自分の経過を三人で話しながら、少しではあるがお酒も飲んだ。
優子や麗太君の事や博美のここ最近の男性との付き合い。
博美の事に関しては、私も気になってはいたところではあったのだが、最近は男性との付き合いが全くと言っていい程ないらしい。
なんでも、両親にお見合いを勧められているそうで、それに甘えてしまおうだとか。
あと啓太郎の彼女さんの事も。
「啓太郎は、どうなの?」
啓太郎の彼女さんは、何やらテーブル席で数人の女性客と楽しそうに話している。
「僕は……そうだなぁ……」
啓太郎は少しだけ声を潜める。
「付き合って同居はしてるけど……結婚を前提ってわけじゃないんだ。ただ、あの時の彼女にとってはお酒の知識のある人が必要だったんだ。それで僕と仲良くなってね。前にも言ったけど、この店は彼女のお祖父さんの店だったわけだし。それで今は僕が切盛りしてる感じ。もし、僕にお酒の知識がなかったとしたら……彼女の僕へ対する態度は変わっていたかも」
「……そう」
啓太郎は笑ってはいるが、あまり面白い話ではない。
すぐにでも彼女の心理が知りたい筈だ。
「一応は……結婚の事も考えてるつもりだよ。もう暫くしたら、彼女に言ってみようと思う」
「啓太郎さん、頑張ってください。私も頑張りますから」
「そうよ。啓太郎は、もう三十路を過ぎてるんだから。博美だって、若いからって調子にのってたら、すぐに私みたいになっちゃうわよ」
作品名:Remember me? ~children~ 4 作家名:レイ