小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

Remember me? ~children~ 4

INDEX|8ページ/8ページ|

前のページ
 

「そんな! 香奈さんは、まだまだ綺麗ですよ!」
 さすが博美だ。
 嬉しい事を言ってくれる。
「お世辞でも嬉しいわ。ありがとうね」
「そんな事ないと思いますよ」
 落ち着いていて綺麗な声。
 横から話に入ってきたのは、啓太郎の彼女さんだった。
「平井香奈さん? ですよね。啓太郎からよく話は聞いています」
「あ、どうも」
「啓太郎の言う通り、やっぱり綺麗ですね。羨ましいです」
「え? 啓太郎?」
 彼は少しだけ赤面して、私達から目を反らす。
「啓太郎、話があるの」
「ん? 何?」
 彼女は一つ息を吐いて、私達の前で言い放った。
「そろそろ結婚の事、考えたい」
 恥ずかしそうに私から顔を背けていた彼の表情が活気付く。
 それは驚きや喜びに満ちた……そう、幸せそうに笑っていた。
「本当に?! でも、どうして急に」
「私、知ってるから。啓太郎が結婚の事で悩んでるの。もう三十路過ぎなんだから、ね?」
 私達の話が聞こえていたのだろうか。
 いや、もしかしたら本当に彼女さんからの告白?
「うん! そうだよ! そうだね! 一緒に頑張ろう!」
 啓太郎は彼女の手をカウンター越しから握る。
 その時、彼女は笑っていた。
 まだ知り合って間もなかったけれど、表情に上下のないクールな彼女よりも、やっぱりこっちの笑った顔の方が可愛いなぁ、と私は思った。
 店内にいる私達以外のお客さんが、拍手交じりに二人を茶化す。
「二人とも、熱いねぇ」
「やっと告白しましたかぁ」
 彼女の啓太郎への結婚話の告白を祝うかの様に、外では打ち上がる花火の音が聞こえてきた。
 さて、今からが私の今日一番の頑張り時だ。
「じゃあ、私はそろそろ行くわね」
「香奈さん、どうして? まだ、ぜんぜん飲んでないじゃないですか」
「いや……その、優子達とも約束があるから」

 博美や啓太郎を誤魔化して、私は打ち上がる花火とは逆方向へ歩いた。
 大勢の人が向かう逆方向へ。
 露店や提灯が並ぶ通りとは逆方向へ。
 住宅街や商店街とは逆方向へ。
 目的地は決まっていた。
 あの日、毎年、同じ時間、皓と星を見た河川沿いの土手だ。

 コンクリートで舗装された道が、土手の上に真っ直ぐ伸びている。
 普段、優子達にはここへ立ち入らないように言い付けている。
 子供達だけで、土手の下の河川へ下りてしまう事もあるからだ。
 人の気配は全くしない。
 当然だ。
 誰しもがお祭りへ足を運ぶ中、私だけがここにいるのだから。
 辺り一面は、どこからか漏れている人家の明かりや、向こう側に見える花火や祭りの明かりで、かろうじて足元が見える程度の明るさを保っている。
 街灯。
 祭りの提灯。
 花火。
 人家。
 そんな街に活気を溢れさせる強い光達の中で、儚く街を照らしている光があった。
 見上げればそこにある無数の光。
 夜空に輝く星達だ。
 毎年、この場所で、欠かさず皓と見上げていた星々。
 皓は、やっぱり来ない。
 今年は、私一人だけで星を見る事になっちゃったなぁ。
 皓の事が頭に浮かぶ。
 まただ。
 目蓋が熱くなってくる。
 彼の事を考えると、いつもこうだ。
 目を瞑っても、隙間から涙は溢れ出て来る。
 泣き出す私。
 そんな私を星々は容赦なく照らす。
 溢れ出て来る涙を、私は人差し指で少しずつ拭い続ける。
「皓……」
 その名を囁き続けて。

「香奈」
 ふと、聞き覚えのある声が聞こえた。
 皓だ。
 間違いない。
 この声の主は皓だ。
 どこ?
「皓、どこにいるの?」
 涙でぼやけていて、その上暗くて前がよく見えない。
「まったく香奈は、しょうがない奴だなぁ」
 私の頭にポンッと軽く手が置かれる。
 その後でわしゃわしゃと髪をかきまわされる。
「やっ、ちょっ!」
 この感覚、間違いない。
 こんな事を私にするのも、この手の大きさも……。
 振り返れば、そこにいた。
 長い間、私が側にいて欲しいと望んだ人。
「皓……」
「久しぶりだな、香奈」
 強気な口調、それでいて優しさがこもっている。
 皓が家を出て行った日から、彼自身は何も変わっていなかった。

 仕事の帰りに直接来たのか、皓はスーツ姿だった。
 やはり忙しいのだろうか。
 私や優子と一緒にいられない理由も、もしかしたら仕事と何か関係が……。
 聞けない。
 私に、そんな事を聞ける度胸なんてない。
 家を出て行く前までの皓は、とっても辛そうで、優子の前では必死に辛さを隠していたんだ。
 もう、あんな辛そうな皓は見たくない。
「香奈、見てみろよ。今年も凄いな」
 皓は夜空を見上げている。
 綺麗な星々、それらをよそ目に私は皓の横顔ばかりを見つめていた。
 今、純粋な気持ちで幸せそうに笑う皓を、ずっと見ていたい。
「皓……」
 彼の手を握り、そっと寄り添う。
「星、凄く綺麗……。よかった。今年も皓と一緒に星を見る事が出来て……」
「でも、望遠鏡はなしだけどな」
「仕方がないわよ。今年は啓太郎や博美を誤魔化して、ここまで一人で来たんだから」
「そっか。やっぱり俺の……」
 皓は私を真っ直ぐに見つめる。
「香奈、俺の事……怒ってる?」
 ゆっくりと首を横に振る。
「そんな事ないわ。皓には、私達には言えない自分の考えがあるんでしょ? でもね、その考えが自分一人で抱えきれなくなったら、いつでも……私と優子の所に戻って来て良いんだからね」
 彼の手が私の体に回される。
 次の瞬間、体は皓に抱き寄せられていた。
 彼の温もりが一身に伝わる。
 もう、夏夜の蒸し暑さも感じない。
 今、感じているのは直に触れている皓の温もりだけ。
 それだけを受け入れる事で精一杯だった。
「ごめん……ごめんな……」
 震えた彼の声が聞こえる。
 皓ったら、また泣いてるんだ。
 きっと、私の知らないところで、また何か辛い事があったんだろうなぁ。
 皓には隠し事が多過ぎる。
 でも今の私は、そんな彼さえも愛おしく思えていた。
「じゃあ香奈、そろそろ行くね」
 そっと私から離れようとする皓の手を、私は咄嗟に握る。
「待って、まだ……」
 まだ話したい事がいっぱいある。
 もっと一緒にいて欲しい。
 そう思った時だ。
 眩暈と共に視界がぼやけ、そのまま皓の胸部に寄り掛かった。
 なんてタイミングで酔いが回って来たんだろう。
 啓太郎の店で、ちょっと飲み過ぎたかな。


 完全に酔いが回っていた為、それから先の記憶はない。
 気付いた時、私は自宅のソファーの上に寝かされていた。
 全部、夢だったのか……。
 いや、私は確かに、あの土手で皓を感じていた。
 彼も同じ様に私を感じていた筈だ。
 皓の笑顔、皓の体温、皓の匂い。
 ああ、皓はまた私の前からいなくなってしまった。
 それでもいつか、再び私のところに帰って来てくれると信じている。
 その日がくる事を信じて待ち続けよう。
 たとえ皆が私から離れて行っても、私がお婆ちゃんになっても……。
作品名:Remember me? ~children~ 4 作家名:レイ