Remember me? ~children~ 4
そう思い、重ねておいた二人分の服を二階へ持って行くと、優子の部屋のドアが開いているのが真っ先に目に付いた。
「閉めるの忘れちゃったのかな? 部屋のドアは閉めておいてって、いつも言ってるんだけどなぁ」
部屋の前に優子の分の服を置き、ドアを閉めようとした。
その瞬間、部屋の真ん中に落ちている何かに、私の目は釘付けになった。
何か、というよりは、もう明確な答えは見てすぐに出るものの、それが本来であれば何であるかは、一見すると動物に例える事が出来る物。
柔らかく白い布に印刷された可愛いパンダの顔。
それがジッと、部屋の真ん中から私を見ている。
そう、パンダだ。
しかし、ただのパンダではない。
柔らかい布地……。
優子のパンツだ。
部屋に入って、それを拾い上げる。
「そういえば、あの子……まだ、こんな動物さんパンツ履いてるんだっけ……」
それにしても、どうしてここにパンツが?
内側を見ても、臭いを嗅いでも、特に違和感はない。
履いた後ではない様だ。
「ていうか、何やってるんだろう……私」
娘のパンツの臭いを嗅ぐって……変態か、私は……。
優子は麗太君と学校のプールへ遊びに行った。
部屋の中央に置かれたパンツ。
優子の事だから、服の下に水着を着て行った筈だ。
学校の授業で水泳がある日も、そうだったから。
じゃあ、このパンツは……。
持って行く筈が、ここに置いて行ってしまったのだろうか。
いや、もしかしたら只、ここに置いてあるだけかもしれない。
いや、でも本当にパンツを家に忘れていたとして、その後ノーパンで家に帰って来るとか洒落にならないし、麗太君にも妙な影響が……。
水着から服に着替える時に下着がなかったとして、優子の事だから焦りと動揺を隠せないんだろうなぁ。
恥ずかしい想いをするのは優子だし。
仕方ない。
今日はもうやる事もないし、どうせ今からする事といったらコーヒー飲みながらテレビ見るくらいだし。
「持って行ってあげよう」
パンダの絵が印刷された一枚のパンツを袋に入れ、それを持って家を出た。
外の日差しは夏休み始めという事もあってか強く、その上、蝉の鳴き声もうるさいくらいに聞こえてくる。
庭の隅に置いてある自転車を外に出し、籠に袋で包んだパンツを入れて、ペダルを踏んだ。
自転車が走り出す。
ペダルを踏む度に向かいから緩やかに吹く風は気持ちがよく、夏である筈なのに涼しくも感じられた。
周りのいろんな風景が、私の両横を通り過ぎていく。
自転車で近場を走るのも、たまには悪くないかもしれない。
小学校の近場の駐輪場に自転車を停め、パンツの入った袋を持って正門を通った。
たしか校内に来客用の窓口があった筈だけど……。
校舎付近をうろうろしていると
「香奈さん!」
と、後ろから声を掛けられた。
振り向くと、すぐ側に博美がいた。
「博美? ここで何してるの?」
「それは私の台詞です。香奈さんこそ、どうして?」
「優子に、これをね」
紙袋を見せる。
「これ、なんです?」
「優子のパンツ」
「えぇ?!」
予想通りの反応だ。
博美は昔から分かりやすい。
「優子が水着を服の中に着て行っちゃったから、パンツだけ家に忘れたのよ。プールに来てるでしょ?」
「はい、来てますけど……。今日は私がプールで泳いでる子供達を見守る当番なんで」
校舎には誰かがいる気配がないのは、そのせいか。
「へぇ、昨日、あんなに遅くまで店にいたのに、頑張るのね」
「あ! そうですよ!」
何かを思い出したように、博美の声が大きくなる。
「昨日の夜。なんで、起こしてくれないで先に帰っちゃったんですか?!」
「何でって、博美。あなたが起きそうになかったからよ。校長先生だって、起こさない方が良いって」
「校長先生?」
そうか。
博美はずっと寝ていたから、校長先生が来ていた事に気付いていなかったんだ。
「何でもないわ。で、私が先に帰った事に、何か不都合でも?」
「ありましたよ! 起きたら啓太郎さんの店のベットの上だし」
昨日、私と校長先生が帰る時、博美を啓太郎の店のベットに寝かせてから帰った。
『彼女さん、今日はいないの? 博美をベットに寝かせて大丈夫?』
そう聞いたところ啓太郎は
『あいつは、香奈達が来る前に家に帰ったから大丈夫だよ。それに、明日は店を休みにする予定だし』
と言っていたが……。
「ベットで寝てただけでしょ? 啓太郎に何かされたの?」
「違います! 私が起きてすぐ、啓太郎さんの彼女さんが、私の寝てた部屋に入って来て……」
「どうなったの?」
「啓太郎さんを呼んで、二人で昨日の事を説明したんですよ。もう、大変でしたよ」
大方、啓太郎は彼女さんが帰って来る事を予想しきれていなかったのだろう。
まったく、彼女以外の女の子を自分の店のベットに招くというのに、詰めが甘いんだから。
よく見ると、博美の顔色はあまりよろしくない。
朝方にそんな事があった後に、学校に来たのだから当然か。
頑張るなぁ、博美は。
さて、そんな博美にはもう少しだけ頑張ってもらおう。
「博美」
「はい?」
「これ頼むわね」
袋に包まれたパンツを差し出すと、博美は少しだけ恥ずかしそうに頬を染めた。
「あの、これをどうしろと?」
「こっそり優子の荷物に入れておいてちょうだい。学校までママにパンツを届けてもらうなんて、本人も恥ずかしいだろうし」
「こ、こんなの持ってる私の方が恥ずかしいです!」
目を潤ませて声を荒げる。
やっぱり博美も、啓太郎と同じで昔と変わらないなぁ。
今でもいじりがいがある。
「お願いね、博美。今度、何か買ってあげるから。何がいい? 駄菓子屋のお菓子?」
「い、いつまでも子供扱いしないで下さい!」
「ごめん、ごめん。じゃあ、お願いね」
「は、はい」
恥ずかしそうに頬を染めながら、博美は私の行く逆方向へと歩いて行った。
小学校からの帰り道、近場のスーパーマーケット付近でマミちゃんを見掛けた。
買い物帰りだろうか、買い物鞄を持っている。
「マミちゃん」
自転車を降りて、後ろから呼び掛けた。
「あ、優子のお母さん。こんにちは」
暑さのせいか、かなり気だるそうだ。
「買い物の帰り?」
「はい」
「買い物鞄、重くない? 途中まででよければ、籠に入れて一緒に帰らない?」
「いいんですか?」
「勿論よ」
彼女の持っていた買い物鞄を自転車の籠に入れ、二人で並んで歩いた。
「マミちゃんは、学校のプールには行かないの?」
「いえ、私は……あんまり好きじゃないんです。学校のプール……。それに優子は……」
親友が友人よりも恋人の方へ揺らいでしまう。
よくある事だ。
でもきっと、そんな意識は優子にはないんだろうなぁ。
皆、仲良く楽しく過ごせれば良い。
そういう考えの典型的な持ち主だから。
「でも、マミちゃんにもいるじゃない? 優子が麗太君を好きっていう想いに、負けないくらいの想いを抱ける相手が」
「綾瀬の事ですか?!」
マミちゃんは少しだけ焦り気味に、私から目を反らす。
作品名:Remember me? ~children~ 4 作家名:レイ