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Remember me? ~children~ 4

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「そうですか」
「マスター、いつもと同じ物を貰えますか?」
 啓太郎は意気揚々に「はい!」と答え、シェーカーに先程、磨り潰した桃を入れ、数種類のお酒を少しずつ入れていく。
 最後に大きめの氷を数個入れ、蓋を閉じた。
 両手でシェーカーを持ち、顔くらいの高さまで上げると、啓太郎はそれを横に振った。
 シェーカーの中で氷がカラカラと鳴る。
 いつもの啓太郎とはどこか違う。
 シェーカーを振る手も、表情も、全てがいつもとは違う彼だった。

「お待ちどうさま」
 綺麗にグラスに注がれたカクテルを、啓太郎は校長先生に差し出した。
「桃をベースに、ウォッカとサトウキビシロップを多めに使いました」
「うん、ありがとうございます」
 校長先生は一口、グラスに入ったカクテルを口に運んだ。
 ホッと安心したように呟く。
「うん、いつも通りで安心だ」
「いつも通り?」
「ええ。最近では、登校する子供達に挨拶をする事と、週に何回かここに来てお酒を飲む事くらいが楽しみなんもんでしてね。何も変わっていないというのは、とても素晴らしい事です」
 彼は私を見て笑い掛ける。
「現に、平井さんには毎日の楽しみを一つ。先日、潰されてしまいましたがね」
 つい、私も笑ってしまう。
「当然ですよ。もう六十になるんですから。すね毛を剃ったって、ウィッグを被っても、さすがに無茶ですよ。五十代でも無理があるっていうのに」
「え、何? どういう事?」
 口裂け女の噂に関して、どうやら啓太郎は先程の私の話までしか知らない様だ。
 まあ、当然か。
 この人と啓太郎は、今までここでしか関わりがなかったわけだし。
「口裂け女の話ですよね?」
「ええ。十数年程前のあの日、口裂け女を辞めた後、六、七年ほどの闘病生活を経て、この街の小学校の校長として再度、赴任する事になったんです」
「啓太郎、どういう事か分かるかしら?」
 手に持っていた布巾をひとまず置き、啓太郎は腕を組む。
「それって……つまり、口裂け女の正体のオジサンって、このお客さんだったの?!」
「その通り。人の縁って不思議よね」
「そうですね」
 校長先生は少しだけ躊躇う様に私に問う。
「そういえば、旦那さんは帰って来ましたか?」
「いいえ、まだ」
「……」
「夏祭り、間に合うと良いんだけどな」
「夏祭り? 毎年、八月の終わり頃に大通りでやってる……あれですか? 花火やら露店で賑わう」
「はい。毎年、楽しみにしていたんですよ」
 私達の学生時代、夏の終わりの楽しみといえば、街主催の大規模な夏祭りだった。
 皓、楓、啓太郎、博美、私。
この五人で夏祭りへ最初に行った年は、博美を除いて私達がまだ高校一年生の頃だった。
 その年を境にずっと、私達は一人も欠ける事なく夏祭りに足を運んだ。
 高校を卒業した後も、ずっと。
 でも、それも去年が最後。
 楓はもういない。
 皓は帰って来ない。
 バラバラになった私達は、もう全員揃って夏祭りに行く事なんて出来ないんだ。
「きっと、皓は来るよ」
 啓太郎はそう言って、私に笑い掛けてくれた。
 私にとって憶えのある、啓太郎の笑顔。
 高校時代、何かと馬鹿な事をやっては笑い合っていた、あの頃を思い出すと、自然と心の中で僅かな安心感が芽生えた。
「そういえば、啓太郎は憶えてる? 会社に勤め始めた皓が、仕事で遅れて来た夏祭り」
「憶えてるよ。あいつ、仕事で夏祭りに遅れても、全力疾走で俺達の所に駆けて来てくれたからなぁ」
「それで、皓だけが花火を見逃しちゃって。啓太郎は『花火の代わりに星を見ろ』って、天体望遠鏡を担いで私と皓を川沿いの土手に連れ出したと思うと、私と皓だけ取り残して行っちゃって」
「なかなか粋な事しますねぇ」
 にやつく校長先生を前に、啓太郎は私達から目を反らして、照れた様に頬をぽりぽりと掻く。
「まあ、僕も香奈達を見ているだけで満足しちゃってたんで。たしか、その時だよな? 優子ちゃんがお腹にいるって皓に言ったのは」
 私のお腹に優子が……いた。
 ……いたんだ。
「……うん。その後に両親の家を離れて、二人で優子と過ごして……私達って、いろんな人達に迷惑を掛けちゃったわね」
 友達にも両親にも。
「でも、楽しかったよ」
 迷惑を掛けられた筈の彼が、そう言ってくれた。
「そんな事があったから、今があるんだよ」
「うん」
「今まで僕達がしてきた事とか全部、忘れないで信じようよ。去年の夏祭りの時、皓が言ってたじゃん」
 そう。
 あの日の夜、皓は言っていた。
『また来年の夏、皆で来ような』
 信じてみよう。
 今まで私達がしてきた事。
 皓の事。


 家に着いた頃には、深夜の三時を回っていた。
 勿論、優子と麗太君はとっくに寝ている。
 リビングの電気を点け、バッグをソファの上に置き、一杯のコップに水を汲んで一気に飲んだ。
「はぁ」
 かなり酔いが回っている様で、頭がクラクラする。
 帰る少し前に、いきなり飲み過ぎたみたい。
 とりあえず、シャワーだけ浴びておこう。
 だらしない格好でソファーなんかに寝ているところを、麗太君に見られるわけにはいかないし。

 シャワーを浴びた後、私はすぐに布団に入った。
 布団に入ると毎晩、同じ事を考える。
 布団の中で考える事。
 大体は皓の事。
 彼が今、どうしているのか。
 ちゃんと食べているのか。
 しっかりと仕事をしているのか。
 彼の事を考えているだけで、彼に包まれている様な気がして、少しだけ心地が良かった。

  =^_^=

 翌日、熱い部屋の熱気に起こされた。
 ダルイ半身をのそのそと起こして、時計を見る。
「十時?」
 いつの十時だろう。
 窓際のカーテンの隙間からは光が漏れている。
 外が明るくて時計は十時……。
「やば! もう十時?!」
 立ち上がってリビングへ行くと、テーブルの上には書き置きが残されていた。
『麗太君と学校のプールに行ってきます』
 そういえば昨日、二人が帰って来た時に
「明日は麗太君と学校のプールで遊んで来るね!」
 優子がはしゃぎながら、そんな事を言っていた。
「良いなぁ、大好きな人が側にいて……」
 呟いても、どうにかなる事ではない。
 エアコンを点け、キッチンに置いてある食パンを一枚食べた。
 袋が開封されているところを見ると、朝にあの子達が食べたのだろう。
 そういえば、あの子達のお昼は?
 お弁当を頼まれたので、昨日の間に作り置きを冷蔵庫に保管していたのだが。
 冷蔵庫の中にはそれがない。
 二人分のお弁当箱も棚から消えている。
 どうやら二人で全部やってくれた様だ。
「やるなぁ、あの子達」
 知らない間に、自分の事は何でも出来る様になって……。
「私も何かしなくちゃ!」
 昨日の分の洗濯がまだだった筈だ。
 洗濯機を回し、その間に部屋の掃除をした。
 ベランダに洗濯物を干して、昼は昨日の夕飯の残り物で済ませた。
 小学校が夏休みであっても、私にとってはいつも通りだ。
 取りこんだ後に、ソファの上に重ねておいた昨日の分の洗濯物。
 優子の分と麗太君の分だ。
 後で箪笥に仕舞わせるのに、二人の部屋の前に置いておこう。
作品名:Remember me? ~children~ 4 作家名:レイ