Remember me? ~children~ 3
教室を見渡してみると、運良く男子は一人もおらず、数人の女の子がちらほらといるだけだった。
どうやら今の話は、誰にも聞かれていない様だ。
「優子は分かりやすいなぁ」
マミちゃんは溜息を吐き、私をゆっくりと椅子に座らせた。
「よし、落ち着いて。今、教室にはあんまり人がいないし、大きな声を出さない限り大丈夫だから」
「あの……えっと……」
昨日あった事なんて、マミちゃんに言える訳がない。
もし言ったとして、マミちゃんは男子だからという理由だけではなく、心の底から本気で麗太君を敵視する筈だ。
「あの、麗太君は……」
「沙耶原君がどうしたって?」
どうにか誤魔化そうと言葉を探していたところ、話を聞き付けたのか、由美ちゃんがこちらへ来た。
さっきから私達の遣り取りを見ていたのだろうか。
「聞いた分だと、優子ちゃんは麗太君のせいで、食欲がなくて、頬が火照って、他の事に手が付けられないって状況なんでしょ?」
大まかな話では当たっているけれど、何か妙な勘違いをされている気がする。
「つまり恋なんでしょ?!」
由美ちゃんの目はいつになく輝いている。
「はぁ?!」
私より先に、マミちゃんが言葉を発した。
「そんな、このクラスの男子なんて……しかも沙耶原?! 優子が沙耶原を好きになる訳ないでしょ! 絶対にない!」
私の意見を聞く事なく全否定するマミちゃんに、由美ちゃんは挑発的に言葉を返す。
「分からないよぉ? 沙耶原君、あんな癒し系なくせにサッカー上手くて格好良いし。それにほら、喋れないし……。そういうところって、女の子からしたら母性本能擽られるものなんじゃないのかな?」
「知らない! あんな、なよなよした奴。そうでしょ?! 優子?!」
「え、私?!」
急に話を振られて、言葉に詰まってしまった。
まあ、他人事ではないのだけれど。
「優子ちゃん、ぶっちゃけどうなの? 沙耶原君の事どう思ってるの?」
確かに由美ちゃんの言う通り、麗太君は格好良い、というよりは癒し系で優しいし、悪い個所を見つける方が難しい位だ。
でも私にとっての麗太君は、今や家族も同然で、それ以上の関係なんて想像も付かない。
しかし、なぜだろう。
昨日の一件のせいかもしれないが、麗太君を見る度に変に意識してしまう。
麗太君と一緒に住み始める前は、こんな事なんて全くなかったのに。
「もしかしたら……由美ちゃんの言う通りかもしれない……」
私は小さく呟いた。
「本当?! じゃあ、ちょっくら行って来ますわ!」
今にも走り出そうとしていた由美ちゃんを、マミちゃんが袖を引っ張って止める。
「ちょっと、どこへ行く気?」
「麗太君を呼んでくるに決まってるじゃん!」
「呼んで来てどうするつもり?」
「優子ちゃんの想いの丈を打ち明ける!」
次の瞬間、袖を掴んでいたマミちゃんの手は、斜め四十五度からのチョップとなり、由美ちゃんの頭に直撃していた。
「馬鹿じゃないの! そんな事して、困るのは優子なんだよ! 分からない?!」
説教をするマミちゃんを前に、由美ちゃんは叩かれた所を摩りながらぺこぺこと頭を下げる。
「いやぁ、伝える事があるのなら早い方が良いかと。てか、地味に痛い」
「それじゃあ駄目なんだよ! ちゃんと順を追わなきゃ! ていうか、そもそも馬鹿なのは優子だよ!」
「え、私?」
「あんな、なよっちい奴のどこが良いわけ?」
マミちゃんは、いつになく真剣だ。
なら、私もしっかりと自分の想う麗太君の事を話さなくちゃ!
「麗太君は……少し前にママを亡くして、声も出せなくなっちゃって、落ち込んでた時もあった」
あの日、麗太君が私の家に来た日、私が彼の支えになってあげると決めたんだ。
「落ち込んでいても、しっかりと立ち直って、ちゃんと学校にも来てる」
日常生活に言葉を発せない障害があっても、麗太君はしっかりと学校へ来て、昼休みには今まで通り、元気に外でサッカーをしている。
そんな麗太君を日々、私は本当に凄いと思っている。
凄いと思っているだけ。
別に恋人とか、そういう意味での好きではなくて……。
どうしてだろう、内心では否定しているのに、麗太君に対する想いが溢れて来る。
「私は……そんな麗太君が……」
無意識のうちに、言ってしまいそうな言葉があった。
次の瞬間、頭がくらくらして、視界がぼやけた。
体中が熱くて、頬もかなり火照っている。
まるで風邪を引いた時に熱が出る様な感覚だ。
さっきまでは平気だったのに。
姿勢を保つ事が出来ず、私の半身は机に倒れた。
「ちょっと優子?! どうしたの?! ねぇ!」
「優子ちゃん! どうしたの?! 話が大人過ぎてショートしちゃったの?!」
二人の声が聞こえる。
なんとなく、体を揺すられている事も分かる。
でも、だるくて体が動かせない。
「あ、ちょっと来て、優子ちゃんが……優子ちゃんが!」
由美ちゃんが誰かを呼んでくれたみたいだ。
誰かの背中におんぶされた。
体を密着させている背中からは、何となく知っている香りがした。
これは……私の家の香り。
ママ?
それともパパ?
まさか、ママやパパがここにいる訳がない。
じゃあ、もしかして……。
気が付くと、目の前には白い天井が見えた。
体を預けた真っ白なベット。
それを仕切る真っ白なカーテン。
額に貼られている冷えピタ。
ここが保健室だという事に、ようやく気付いた。
私が倒れた後、どうなったんだろう。
たしか、誰かの背中におんぶされて……。
その後の事が思い出せない。
いや、そこで意識がなくなったんだ。
額に手を添えてみるとまだ熱いが、歩けない程ではない。
ベットから降り上履きを履いて、カーテンを開けた。
保健室には誰もいない。
私以外に寝ている人も保険医の先生も。
ただ、保健室の外から声が聞こえて来る。
どこかのクラスが音楽の授業で、合唱をしているのだろう。
まだダルイし、合唱を聴きながら眠ろう。
「平井さん」
暫くして、保険医の先生に起こされた。
「大丈夫? 熱は?」
額に手を添えられる。
「熱は……まだ少しあるかもね。担任の先生に頼んで、お母さん呼んで貰えるけど、お母さんは今、家にいるの?」
「はい……たぶん」
「そう、良かった。こんな状態で歩いて帰るなんて辛いものね。荷物は、さっき友達が持って来てくれたからね」
部屋の隅に置かれている椅子には、私のランドセルが置いてある。
いったい、誰が持って来てくれたんだろう。
マミちゃんかな。
保険医の先生は藤原先生の所へ、連絡を取ってもらいに行ってくれた。
手を添えられた額をさする。
保険医の先生って、なんだかお婆ちゃんみたいで可愛い。
とりあえず、椅子に座って待ってようかな。
椅子に腰掛け、意味もなくぐるぐると周る。
外で蝉がうるさく鳴いている。
もうすぐ夏休みか。
夏休みには、麗太君と過ごす時間が格段に増える。
それまでには、麗太君の前では普通でいられる様にならないと。
暫くすると、保険医の先生が藤原先生を連れて戻って来た。
「優子ちゃん。大丈夫? まだ熱あるんでしょ?」
作品名:Remember me? ~children~ 3 作家名:レイ