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水に解けた思い

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振り返り、掌を添え奥へと促した。
『こちらへどうぞ』
やはり、女性の口元は見えなかった。
「ちょっとぉ、此処は何なの?」
少し苛立ちを感じたと思ったが、不思議と穏やかになっていた。
『どうぞ』
革張りの緩やかなカーブの椅子を勧められて、腰掛けた。
 目も慣れてきたのと少し明るい光の場所で、その女性を見た。
化粧をしているようにも見えるそのすっぴんの顔立ちは、優しい笑顔を浮かべているように見えた。
艶やかに光る目の瞳は、水底の蒼さのような哀しげなくすみがかった青色に見えた。
透ける衣服の下は、一瞬素肌かと思うような布を纏っていた。
風呂にでも入っていたのだろうか?少し髪が濡れていた。
肌も ほんのり赤みが差しているようだ。 
 ふと、横のカーテンの奥に水槽が見えた。
女性は、それを見たことに気付いたのだろう、首を傾げ目をじっと見つめてきた。
その瞳に惹きつけられるように目が逸らせなかった。
(あら……)
目元に違和感を感じ、涙が溢れてきたのを知った。
(あら…どうしたの…)
腰掛けた革張りの椅子は身体を包み込むように優しく支えた。
「何をしたの?」
何処かに意識が向かっていくような感覚だった。
目を閉じているわけでもないのに 周りの景色が移ろってゆく。
遠くの白い壁がスクリーンのように脳裏に浮かぶものを映像化して映してゆくようだった。
(あ、あれは……)
まず気がついた。
 ずっとこの街に居て、看板娘と云われる頃からたばこ屋を営んでいた。
そして、ずっとこの店に人が立ち寄るのを見たことがなかったことを知っている。
(何故?)
この店は、ずっと以前から此処に、そうたばこ屋の斜向かいにあったことを思い出した。
 涙を拭うこともなく、椅子から立ち上がると、店内をぐるりと見回しそして歩いた。
まずは、入り口へ。踵を返し左回りに壁沿いを見て回った。そして、奥まで来た。
女性は、ただ動きを追いながら見つめているだけ。その前を横切り、先ほどのカーテンをひるがえした。
大きく見えた水槽は、それほどの大きさではなく小魚なら数匹、コメットくらいの金魚ならば、二、三匹くらいか。
カーテンを下ろし、店内にまた戻る。
胸が締め付けられるような思いを感じ、鼻の奥がつぅーんとしてまた涙が溢れた。
「どうしちゃったのかしら?」
革張りの椅子のところに戻り、女性の手を握った。
どうして、そんなことをしたかなどわからなかったが、そうしなくてはいけない気がした。
作品名:水に解けた思い 作家名:甜茶