香水(コスモス4)
私はつかつかと歩み寄って、その女の腕を思い切りアツシの腕からはがした。「ちょっと、何よ、この女!」と、ギャルの女が叫んだ。
「アンタこそ、何よ!アツシに触んないでよ!」
大声だったのか、周りの通行客が、私たちの方を凝視している。そんなことは、私にはどうだっていい。アツシの方を振り返った。
「おまえ、何だよ。超かったりぃよ」
白けた目で、私を見下ろす。
「ねぇ、誰?この女」
「てか、おまえうぜーよ」
「ねぇ、あっちゃん、何なのこの女」
ギャルの女が、アツシの背後に回ってすがるような目で云う。
「あぁ、前にちょっと面倒見てやったガキだよ。たく、懐かれちまうのも面倒だな。行こうぜ、ミホ」
何?
一体何が起こってんの。
「ねぇ、アツシ!ちょっと待ってよ」と、私は必死で彼の腕を掴んだ。が、思い切り振り払われた。その衝撃で身体が地面に叩きつけられた。スカートがめくれるとか、鞄の中身が出ちゃうとか、そんな心配よりも、アツシをただ見ていた。
「二度と近寄ってくんな、バーカ」
ねぇ、いいのぉ?いいのいいの、オレうざいの嫌いなの。今の、超シュラバだったよねぇ。そんな楽しそうなんシュラバじゃねーよ。
「大丈夫?」と、OLっぽい女の人が、散らかった鞄の中身をすべて拾い上げて、私に渡してくれた。
地面を見ると、割れたサムライウーマンの瓶が散乱していた。
私の空気が充満しているのに、息ができない。
救命具だって、役に立たない。
近くのコンビニで剃刀を買って、公園のベンチに腰掛けた。
もう、息をし続ける手段が、なくなってしまったのだ。
アツシが与えてくれた命の源は、アツシの手によって粉々に潰れてしまった。初めて母親が見知らぬ男を家へ連れてきた日。知らない男が家に住み着いた日々。私と半分だけ血のつながった生き物が家へやってきた日。息ができなくなったことに気付いた日。アツシに、新しい命をもらった日。
そして今日、命は再び消えた。
死のうって、単純に思った。
死ぬしかないと、思った。
さっき買ってきた剃刀を取り出して、安全カバーを取り外した。それを、そっと細く、白い手首の筋にあててみる。冷たい空気が肌に凍みて、振るえが止まらない。
覚悟を決めて、次の瞬間思い切り力を入れて押した。