香水(コスモス4)
「あなたが香水つけたい気持ち、よくわかるわ。女の子にとって、香水をまとうって素敵なことだもの。大人な女性への一歩よね。でもね、香水にも身につける場ってものがあるわ。ふさわしい場所を選ばなくちゃ、大人な女性にはなれないわ。制服に香水は似合わないわ」
そっと、佐々木先生の手が肩に触れた。その瞬間、私はその手を思い切り払いのけた。
佐々木先生が、きゃっと、小さく悲鳴をあげたのがわかった。次の瞬間、「何をしてるんだ!」と、前川の怒鳴り声が聞こえた。
「何もわかってない!!」
それだけ、ようやく言葉にして吐き出すと、そのまま部屋を出た。
とにかく走った。追いかけられるのではないかとか、誰かにぶつかるとか、そんなことを考えもせずに思い切り走った。人気のない体育館裏で、私は鞄からサムライウーマンの瓶を取り出して、何度も自分に振りかけた。必死だった。窒息しそうだった。
オシャレとか、大人ぶりたいとか、男引っ掛けたいとか、そんな理屈じゃないのだ。
これがないと、私は窒息してしまうのだ。
どうして、それが大人にはわからないのだ。
私から空気を取り上げて、彼らは私を殺す気なのか。
サムライウーマンの、甘く、少し鼻をつく香りを感じて、私はゆっくり深呼吸した。
アツシに会いたい。
私は、そのまま学校を出て、アツシがキャッチの仕事をしているはずの繁華街の方へ行くために、駅に向かった。
少し薄暗くなった繁華街は、すでに多くの人で賑わっている。ネオンの光が目に痛い。今日も、このあたりでキャッチをしているはずなのだ。あたりを注意深く見回しながら、人ごみに飲まれないように歩いた。時々、ナンパや援助交際の誘いかけをしてくる人がいたけれど、とことん無視した。今、必要なのはアツシなのだ。
日が完全に落ちて、人通りは一層激しくなっていく。
あ、
金髪の、黒いスーツの彼を、私ははっきりこの目に捉えた。横断歩道の向こう側に、彼は立っている。信号の青が点滅して、赤に変わった。私は、かまわず走り出した。
停車していた車のライトが明るく点滅して、今にも発進しそうだったが、かまわなかった。アツシ、と大きく叫んだ。
次の瞬間、私は目を疑った。振り向いたアツシの隣には、知らない、若いギャルの女がしっかりと腕を掴んでいた。