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推理げえむ 1話~20話

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 島尻はスカートの裾を直すと向こうへ行ってしまった。
「……でもいつ火傷なんて。島尻さん、バスには近付いてないですよね。熱くなった破片にでも触れたのかな? ねえ先輩?」
「……うーん……あれって火傷かなあ……? 火傷なら大体、患部は水膨れが出来て、赤く腫れるはずなんだけど……?」
 春日が島尻の後姿を見詰めた。島尻は疲れたように駐車場の縁石に腰を下ろすツアー参加者達に声を掛けている。
 そんなとき、春日が何かを見付け歩き出した。視線の先では子供連れの若い夫婦が遠巻きに現場を眺めている。春日はその夫婦に話掛けるとしばし話込み、頭を下げた後、難しい顔をして戻って来た。
「あの家族が何か?」
「……うん。僕等を乗せたバスがこの駐車場へ着いたとき、あの家族もちょうど車を停めたところでさ。で、バスを降りた島尻さんがあの家族に何か話掛けてたから、何て言われたのか訊いてきた。島尻さんは運転席のご主人に、バスが出るときバンパーをかすめてしまうかもしれない。大変申し訳ないが、もう少し離れて駐車してくれないか、と頼んだらしい。ここみたいに大きな駐車場では、大型車と普通車の駐車スペースは十分間隔が空くように作られているし、そのご主人も少し変に思ったそうなんだけど、他に停める所はいくらでもあったし、やたら丁寧にお願いされたんでそれに従ったらしい」
「なるほど………それで?」
「これって、こういう取り方も出来ないかな『爆発に巻き込まれる恐れがあるから離れててくれ』って……」
「は? 何のことですか?」
「あの家族は島尻さんが遠ざけたから被害に遭わなかった。つまり、島尻さんは爆発があることを知っていた。それはつまり島尻さんが―」
「ちょっと先輩! 何考えてんですか! そういう、何でもかんでも事件に結び付けようとする先輩って、ちょっとヒキます」
「いや待ってよ、別に事故なら事故で良いんだよ―いや、良くないけど、ただはっきりさせたいだけ」
「…………」
 憮然とした秋山をよそに、春日は話を続ける。
「ここにバスが到着して、島尻さんが降りて、あの位置までバスを誘導したとき、僕が座った席から島尻さんがあの家族の車に走って行くのが見えたわけ。戻って来た島尻さんは、入山手続きをして来るから降りる準備だけして待ってて、と言ってまた一人でバスを降りたよね。そういえばあのとき、少しして君もバスを降りたよね。何しにいったの?」
「い、いや……あの……何か手伝うことはないかなーなんて……」
「ふーん……そーなんだ……それで?」
「それで? いや別に。島尻さんがトランク開けて何かしてたんで、声を掛けて……そういえば、やけにびっくりして振り向いてたな……」
「びっくり……? そのとき何か気付かなかった?」
「はい。美人は驚いた顔もかわいいな、と」
「…………」
「後は……カメラが冷たかったような……」
「冷たい? カメラって?」
「あ、島尻さんそのとき、記念撮影用のカメラ取り出してたみたいで、それでボクが、入山手続きする間預かってましょうか、って言ったんです。受け取ったカメラと三脚が入ったカバンがこう、ひんやりと……あ、でもバスの中が暖かかったから、温度差でそう感じただけかも」
「……冷たい、か……。ううむ……ちょい話を戻すけど、島尻さんがいつ、どこで、どのようにしてあの足の傷を負ったのかが知りたいな……」
「そんなの、本人に直接訊けばいいじゃないですか」
「素直に本当のことを話してくれるかな……」
「ちょっと、ホントもう大概にして下さい先輩」
「い、いやだって、さっきも何か言葉を濁して行っちゃったじゃない」
「……じゃあ、これ現像すれば何か分かると思いますよ」
 秋山がポケットから使い捨てカメラを取り出した。
「今日は島尻さんしか撮ってませんから」
「君にとってバスツアーって何?」
「紅葉も美人もどちらも目の保養じゃないですか。とにかく、今朝初めて島尻さんにお会いして、足ガン見したときあんな傷、絶対無かったですから」
「……そう……。じゃあ、僕がどこかで現像してくるから、君はその間情報仕入れといて。発火装置とか無かったかとか」
 秋山があからさまに嫌そうな顔をした。
「いやだから! はっきりさせたいだけだって! あ、僕が少しだけ外すことも現場の刑事さん達に上手く言っといて。頼んだよ!」
 言うと春日は駐車場を後にした。

 そして春日が現像を終えて戻った頃、秋山の方も大方の情報収集を終えたところであった。
「ただいま。何か出た?」
 春日の問いに秋山がむっすりと答えた。
「いいえ……タイマーや発火装置の類は一切無かったようです……」
「ふーん……やっぱりそこまで単純な方法じゃないか……」
「…………」
 秋山は喉まで出かかった言葉を呑み込み、代わりに溜息を吐いた。
「……バスのトランクにはガス漏れ警報機が取り付けられていたようです」
「ガス漏れ警報機?」
「はい。今は熱でグズグズになったプラスチック片ですけど。島尻さんいわく、会社の意向でこのツアーを取り扱う期間中、万が一に備えて取り付けてあるものだと。その旅行代理店にも確認を取ったところ、それで間違いないとのことです……」
 秋山は春日が変なことを言い出さぬ内に、先手を打った。
「そのガス漏れ警報機に何か小細工することは無理ですよ。故障したり、フィルターが詰まるなどして正常に作動していない場合もガス漏れ時と同じく運転席に付くドライバーに音と光で知らせる機能になっています」
「なるほど……他には?」
「はい。爆発で亡くなった運転手の池谷さんですが、この会社で運転手を始めてまだ一年だそうです」
「一年か……まだこの仕事に慣れてなくて、何かしら機器の取り扱いを誤り、それが爆発に繋がったとも考えられるのかな……?」
「いえ、池谷さんはバスの運転手歴二十年のベテランです。なんでも二年程前、別の会社に勤めていた頃、バスの運転中に接触事故を起こし、バイクを転倒させてしまったそうです。そのバイクに乗っていた男性の命に別状は無く、事故は示談が成立して、バスの乗客にも怪我人は出なかったそうなんですが、池谷さんは事故の責任を取る形で退社したそうです」
「それって島尻さんから聞いたの?」
「そうです。正確には島尻さんの事情聴取を行った職員からの又聞きですが。それで島尻さんですけど、バスガイドの仕事を始めて半年足らずだそうです。本来なら、この後の食事会で料理の腕前も披露してくれる予定だったらしいです。調理に使用するガスボンベ等の機材や食器、食材の入ったクーラーボックス、記念撮影用のカメラなんかは今朝、池谷さん、島尻さんを含む社員数名でトランクに積み込んだそうで、トランク内はそれだけです。日帰りバスツアーですので、乗客に大きな荷物は無く、手荷物は全て車内に持ち込まれていますので、乗客がトランクに近付くことはありません」
「なるほど……うんうん、なんだかんだ言いながらも仕事しておく君の生真面目なところは、とっても素敵だと思います。君みたいなものでも、その努力はきっと報われるから、大変だろうけど、これからも頑張って下さい」
「…………ありがとうございます」
「それはさておき……」