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推理げえむ 1話~20話

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 湧川は二人に深く頭を下げた後、戸口へと向かって歩き出した。秋山がそれに随伴する。そして春日はそんなアニキの広い背中を静かに見送った。
 
 
 
  第五話 不可解な自決

 とある日、秋山に呼び出された春日が、あるマンションの一室に現れた。
「……………………」
「あ、先輩、どうもです。電話でメチャクチャ反応悪かったから来てくれないんじゃないかと思いましたよ。いやー、ボクが迎えに行ければ良かったんですけど、ちょっとここを離れられなかったもので。…………先輩?」
「……………………」
 返事が無い、しかし意識はあるようだ。
「えっと、昨夜から一睡もしてないんでしたっけ……。説明始めても……大丈夫ですか?」
「……………………」
 春日は緩慢に頷いた。
「はい……じゃあ……。ええと、今日この部屋で独り暮らしをしていた寺田さんという女性が遺体で発見されました。遺体を発見したのは寺田さんが勤めていた会社の同僚とマンションの管理人さんです。今朝、始業時刻になっても職場に現れず、電話にも出ない寺田さんを心配した同僚が、上司の許可を得てここを訪れ、管理人さんに鍵を開けて貰い中へ入ったところ、バスルームで倒れている寺田さんを発見したそうです。死因は剃刀で手首を傷付けたためによる出血性ショック死です。遺体発見当時、寺田さんは水を張ったバスタブに寄り掛り、手首を水に浸けていました。その足下に落ちていた剃刀からは寺田さんの指紋が検出されています。この部屋の玄関の鍵は室内から見付かっており、窓にも全て鍵が掛っていました」
「……………………」
「ええ、そうです。一見どう見ても自殺なんですけど、同僚の方が自殺の動機に思い当たることが一つも無いと言ってましてですね。それに遺書も無いんです」
「……………………」
「ええ、確かにそんなの本人の勝手じゃん、と言われればそれまでなんですが、他にも気になる点がありまして。まず亡くなっていた寺田さんが、会社の制服をキチンと着ていたことです。検視の結果、寺田さんが死亡したのは今朝だと分かっています。したがって、寺田さんは昨日会社から帰宅して、ずっと制服を脱がずにいたか、今朝わざわざ制服に着替えてから自殺したということになります。これはちょっと変かなと。他には、遺体の首筋に新しい火傷の痕がありました。小さな火傷ですがこれも変です。後、玄関のたたきに、何をこぼしたのか水溜りができていました」
「……………………」
「ええ、ただの水だったんですけど、水溜りが、玄関に。これらが気になった点で、他に言っておくことは……ええと、管理人さんと同僚の方に今朝の行動をお聞きしたところ、お二人とも寺田さんの死亡推定時刻にはしっかりとしたアリバイがありました」
「……………………」
「いや、ちゃんと調べましたし、確認も取れましたよ! あの二人には確かなアリバイがあります」
「……………………」
 春日は鼻で大きく息をするとヨタヨタと移動を開始した。そして、太陽の眩しさに顔を不細工にしながら窓枠に眼をやったり、既に遺体が運び出されたバスルームの中を見たりした。そして玄関まで行くとたたきを覗き込んだ。
「そこです、そこに水溜りがあったんです」
 春日の背後で秋山が告げた。たたきはもう乾いていて、寺田の靴の他に、春日と秋山が脱いだ靴があるのみであった。今度はドアに視線を移してみる。スチール製のそのドアは右側にノブが付いており、ノブの上にはサムターン(つまみ)が付いていた。そのサムターンを左に倒すと施錠できるという、ごくごく普通のドアであった。
「……………………」
 春日はサムターンを捻り、施錠と解錠を何度か繰り返し試してみた。特に不自然な点は無い。今度はドアを開けてみる。ドアは外側へ開いた。サムターンのちょうど反対側には鍵を差し込むシリンダー(鍵穴)が付いていた。春日は外に出てドアを閉めると、ドアの隅々に眼をやった。すると、シリンダーから数センチ左斜め上の、ドアの塗装が少し剥がれていることに気が付いた。
「……………………」
 春日は隣室に眼をやった。四〇二号室。この階には寺田の部屋とその部屋しかなく、ここが最上階でもあった。春日はまたヨタヨタ移動すると、四〇二号室の前まできた。ドアを見ると寺田のそれに比べ、塗装が真新しい。つい最近塗り直したようである。
「あ、その部屋の人、話を聞こうと帰りをずっと待っているんですけど、まだ留守で」
 ドアから顔だけ出して秋山が言った。
「……秋山君、悪いけど管理人さん呼んできて」
 春日はだらしなく壁に凭れ掛った。

「先輩、お待たせしました」
 秋山が頭の禿げあがった老人を一人連れてきた。どうやらその男が管理人らしい。春日は首を起こした。
「……ああどうも。えー、ちょっとお訊ねしますが、この……四〇二号室に住んでる方に、最近何か届け物とか来てませんでしたか?」
 もっと別の質問を予想していたのか老人はしばしキョトンとした後に頷いた。
「……はい、きてましたな。ここ最近に何度か。何を配達しにきたのかまでは聞いてませんがね。業者が発泡スチロールの箱を運び込んでましたわ」
「発泡スチロールの箱ですか……どのくらいの大きさですか?」
 このくらい、と老人は手を広げた。一抱えはある。
「……わかりました。ありがとうございます。……秋山君。これ自殺じゃなくて、殺人事件だよ。で、犯人はこの部屋に住んでる人……」
 春日が四○二号室を指差した。秋山と老人がギョッとして春日を見た。春日がここへ着いてから十数分しか経っていない。
「その犯人は、アレとアレを使って寺田さんの部屋を密室にしたんだよ……。一つは業者に届けさせた物。もう一つのアレとは大抵の家にはあるもので、多分コードレス式だったんだと思う……」
 欠伸を噛み殺しながら春日は言った。

※犯人はどのような方法で部屋を密室にしたのか?

 秋山が複雑な笑みをこぼした。
「あ、あの……確かに自殺にしてはちょっと不自然な点もありましたけど、そうあっさり殺人事件だと言われると逆に否定的な気分に……」
「えー? ……じゃあいいよ、とにかく説明だけするから後は自分で判断して……眠いし」
 困惑する秋山と老管理人に構いもせず、春日はボソボソと解説を始めた。
「じゃあまずは犯人が部屋を密室にするために使用したアレについて……。一つ目のアレとは氷のこと。ただ、家庭用の冷凍庫で作る氷は中心に不純物が集まり白く濁る。このような氷は脆く、容易に割れてしまうので使えない。そのため、犯人は氷業者から純氷(じゅんぴょう)を取り寄せたんだ。純氷というのは氷の彫刻などに使われる不純物の混ざっていない硬くて丈夫な氷のこと。これを加工していく。まず厚さは適当に、氷をT字型にカットする。そしてこのTの、下の部分にサムターンの形をした窪みを彫る。サムターンの型は自室から容易に摂れる」
「………………」