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推理げえむ 1話~20話

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「ええ……まあ……はい。今からどこかへお出かけになるんですか?」
「いや……。外の空気を吸いに出ただけだ。失礼する……あんたらもあまり家の前をうろつかんでくれ」
 田尾はもう一度睥睨すると戸をぴしゃりと閉めた。二人は踵を返し道路へと戻った。
「ちょっと先輩、もうちょっとマシな質問とかなかったんですか?」
「え? ああ、ごめん、急だったから慌てちゃった。でもさ、変じゃなかった?」
「何がですか?」
「いやほら、だって―あ、君それ、制服のボタン取れかかってるじゃないか。ほら貸して、僕が付け直してあげよう。こう見えても僕は、裁縫が得意なんだ」
「なんですかその、今出来たような設定は……」
「ほら、早く脱ぎたまえ」
 春日のポケットから小さな箱が出てきた。どうやらそれが裁縫セットらしい。
「え、ええ? い、いいですよ別に。ボタンなんてこんなにいっぱい付いてるんですから、一個くらい無くても」
 春日が伸ばす手を秋山が軽く払った拍子に、春日の手から小箱がこぼれ落ち、地面に当たって音を立てた。
「げ、ごめんなさい!」
 針が散乱し、ボビンが糸を垂らしながら道を転がる。
「……あっ!」
 春日は声を上げると振り返った。そして田尾の家の前まで早足で戻ると、お辞儀をするような仕草をした。どうやら地面を見ているらしい。そしてまた道路まで戻ってきた。
「秋山君、この道路だけど、夜間、車の通りはあるの?」
「いいえ? ボク達がここでこうして話している間に一台も通らなかったように、この辺りは夜もめったに通りませんよ」
「そう。…………わかった、後は田尾さんに訊こう」

※春日はこの事件の犯人を田尾だと考えたようである。田尾はどのような手段をもって、桑野を殺害したのだろうか?

「な、なんだと! ワシが桑野のじいさんを殺しただとっ!?」
 春日にそう言われ、田尾が眼を剥いて訊き返した。
「そうです。桑野さんの家に火を付けたのはあなたです。そして、放火を行った時刻は午後十一時で間違いないでしょう」
「ち、ちょっと待って下さい。その時間、田尾さんは家に居て、友人と電話で会話している最中でしょ?」
 横から秋山が疑問を差し挟んだ。
「そう、友人と会話していた。しかし、家に居たのではない。桑野さんの家の前に居て、その手によって玄関に火を放ったんだ」
「そんな、携帯もコードレス電話も使えないこの状況でどうやって? まさか、何かハイテク装置でも使ったというんですか?」
「いやいや、ローテクもローテク。ただ単純に、電話機のモジュラーケーブルを延長コードを使って延ばしただけだよ」
「え……そ、それだけ?」
「そ、百メートルちょっとの延長コード。でも、それだけ長いと相当な重量になるから片付けるのが大変だ。さっさと撤収しないと警察や消防車に姿を見られてしまう。そこで、田尾さんはケーブルドラムを使ったんだ」
「ケーブルドラム?」
「これをそのまま大きくしたような形だよ」
 春日は指先に摘んだボビンを見せた。
「そのケーブルドラムに延長コードを巻き付け、移動し易いようにハンドルも取り付ける。形をイメージするなら、学校のグラウンドの土を均すために使用される整地ローラーに近い形になる」
「ああ、眼が大火事になる某野球少年がオープニングで引いているアレですか?」
「そう。因みに、歌詞の『想いこんだら♪』を『重いコンダラ♪』だと視聴者が勘違いしてしまい、アレの名称がコンダラで定着してしまったのだけど、正式には整地ローラーまたは圧転ローラーというのだよ」
「勉強になります」
「田尾さんはこのようにして、電話機本体の移動を可能にしたんだ。田尾さん宅の地面に残っていた奇妙な溝はその時に付いたものだったのさ。そして、移動のために使った道路は車がほとんど通らないから見咎められる心配は無い。まず田尾さんは、桑野さん宅から少し離れたところまで移動し、そこから友人に電話を掛けたんだろう。それは勿論アリバイの証人にするため。そして桑野さんは家の中に居て、就寝中。しかも高齢ということで聴力も弱まっている。普通の話声くらいじゃ起こしてしまう心配は無かっただろう。そして、頃合いを見計らって、受話器を片手に更に桑野さんの家へと近付き、玄関の前で火を放った」
「……………………」
「そして、すぐさま道を引き返しつつ、友人が喰い付きそうな餌を用意して外へ誘い出し、火事を発見させる。後でその友人が証言してくれれば、午後十一時十分までのアリバイが確定するというわけさ」
「知らん、そんなのは知らん! た、ただ地べたに溝が付いていたくらいで……」
「田尾さん、確かトラックの積み荷の薪は、三日で満載になるんでしたよね? そしてあなたは、キャンプ場に薪を卸したのは一昨日のことだと言った。まだ二日しか経っていないのになぜ荷台に積まれた薪はいっぱいになっているのでしょう?」 
「…………!」
「あそこに隠してあるのではないですか? ケーブルドラムを……」
「…………」
「最初に、ここで僕等と鉢合わせしたとき、アレを処分するために出掛けるところだったんじゃないんですか? それでも自分は犯人じゃないと言うのであれば、薪を退かして見せて貰って良いですか?」
「……………………」
 田尾は強張っていた肩を落とすと、小さくかぶりを振った。そして、腹に溜まっていた重い塊を吐き出すかのように話始めた。
「…………あの男は墓を建てるから金をよこせと言ってきた。…………死んだ犬のために墓を建てると。……しばらく前、どこからか知らんが、訳の分らん文字ばかりが書かれた紙が届いた。それは破いて棄てた。そしたら何日かして強制執行だとか言ってきおった。数日中に金が払えないようなら山を取り上げる、とな……この山はワシの唯一の財産だ、それを取られたら生きていかれん…………。あの男に……ワシから全てを奪う権利があるのか…………?」
「ならあなたには、桑野さんの命を奪う権利があったと仰るんですか?」
「……………………」
 田尾は眉間に深い皺を刻むとそれを両掌で覆った。秋山が静かに声を掛ける。
「田尾さん。桑野さんは、なにもあなたを苦しめるためにお金を請求したわけではありませんよ。桑野さんにとって家族と呼べるのはあの犬しか居なかったんです。せめて、ねんごろに弔おうとしたんですよ。あの犬、死ぬときとても苦しそうだったから……」
 田尾の肩は小さく震えていた。
「…………」
 春日は開いたままの引き戸から家の中へ入ると、傘立てから傘を一本抜いて戻ってきた。
「……田尾さん。ちょっとお借りしますよ」
「どうしたんです先輩? 雨なんか降って―」
 春日は傘の先で秋山のノドを突いた。それは、空気が弾けるような鋭い一撃だった。しかし、秋山は首を貫かれも、血を吐き出しもしなかった。なんと、更に人間離れした速さで身をかわしたのだった。春日は切っ先を戻すとすぐさま次の攻撃に移った。しかし、秋山は次々と繰り出される春日の刺突を踊るようにかわしてゆく。
「……な、なにをやっとるんだあんたら……」
 田尾は眼の前でおこっている事態にさっぱりついていけない。
 秋山は空中で身を翻すと、トラックの屋根へと降り立った。