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推理げえむ 1話~20話

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「何って……布テープが……」
「そう、そのテープで、手摺には照準器が取り付けられていたんだよ」
「しょ、照準器、ですか?」
「そう。まず、棒で四角い枠を作り、そこに糸を縦横に張って、幾つかのマス目を作る。そして、一つのマスの大きさはタイルの大きさと等しくする。これが、手製の照準器になる。床のタイルと照準器の位置を望遠鏡とレーザーポインターを使って正確に合わせ、それを布テープを使って手摺に固定すれば完成だ」
「えっと……でもそれをどう使うんですか?」
「うん、まず床のタイルの、どれか一つを起点と決めておいて、その起点から縦に何マス、横に何マスの位置に小松さんの頭がきているかを確かめ、照準器のどのマス目から豆腐を落とすか決定したら、後はそっと手を放すだけってわけ」
「し、しかし……相手は動く人間ですよ? そう上手くいくでしょうか……それに、小松さんは後頭部を―」
「何かが床に落ちていたとしたら? しかもそれがガッチリ接着されていたとしたら?」
「へ?」
「思い出して。床には接着剤のはがし液が付着していた。ということはそこに何かが接着剤で貼り付けられていて、それをはがすために使われたんじゃないか、と考えられない? 秋山君、君が床に落ちてる物を拾おうとしたとしよう。そしてそれがなかなか取れないとき、君の体勢はどうなっていく?」
「どうって……床に膝を付いたり、その落ちている物に顔を近付けたり……あ、ああ……!」
「そう。そうやって、動きを封じられると同時に、後頭部を無防備に晒すことになる」
「そ、そうか……!」
「とはいえ、落下してくるのはあの柔らかい豆腐だ、体の別の場所に当たっていれば痛い、で済んだかもしれないよ……後頭部への衝撃がいかに危険かを物語っているね……」
「……い、いやもう、何て言ってよいやら……」
「さて、じゃあ床に何が貼り付いていたのかだけど―」
 春日はくるりと振り返った。
「出川さん、おサイフ、貸して頂けますか?」
「! …………い、いいですよ」
 一瞬の沈黙の後、引きつった笑みを浮かべた出川が財布を差し出した。
「すみません、もう結構です。今の僅かな躊躇のおかげで、何が床に接着されていたのか解りましたよ」
 春日は唇だけで笑った。
「小銭ですね? しかし、それはあなたの手元にはもう無い。もう処分してあるのだから、例え財布の中身を調べられても全然構わない、と今思いましたね?」
「な、何を……」
「もうここまできたら、回りくどい言い方は必要ないでしょうか……僕は、あなたが犯人ではないかと考えています」
「ち、違う……!」
「先輩、ちょっといいですか? 小銭が接着されてたってのは分かりました。そりゃ、お金が落ちてたら拾おうとしますよね。それに、豆腐を落としたってのも分かりましたけど、何故凍らせなかったんですか? 凍っていた方が威力が増して、さらに確実になるでしょう?」
「じゃあさ、凍っていたとして、そんなのが頭に当たったらどうなる?」
「どうって……そりゃ、頭が、パーンって……」
 秋山は顔の横で両掌を広げた。
「だね。じゃあさ、出川さんはさ、そんな遺体の傍まで、小銭を回収にいける?」
「え、小銭を……? あ! そうか出川さんは!」
「そう、血が駄目だ。威力が有り過ぎても駄目なんだよ。遺体が派手に出血していたら、出川さんはそれを見たとたん卒倒してしまう。だから、威力をセーブする必要があったわけさ」
「な、なるほど……」
「出川さんのここ数週間の行動はこうだろう。まず、週末の作業が終わると帰ったフリをしてビル内に留まり、どこかに隠れておく。そしてわざと小銭をフロアに落としておき、それを数回に渡って小松さんに拾わせる。そして、小松さんがビル内を巡回するパターンを把握しておき、隙を狙って豆腐を落とすリハーサルを行う。その時は、大きな音が出たり、豆腐が飛び散らないように布かなにかで包む必要があっただろうね。そして事件の夜、出川さんは小銭を床に接着させ、息を潜めて待った。餌付けされていた小松さんは小銭を探し、まんまと罠に掛ってしまったわけだ。出川さんは、小松さんが持つライトの明かりを頼りに頭に狙いを定め、豆腐を落下させた」
「…………」
「小松さんを殺害することに成功した出川さんは、スパイクを履いて遺体へと近付き、接着剤用のはがし液を使って床の小銭を回収した。スパイクを履いていたのは飛び散った豆腐を踏ん付けて足跡を残し、体格が割れるのを恐れてのことだろう」
「し、知らない! 俺はそんな事していない! 俺にはアリバイがあるだろう!」
 出川は唇をわななかせつつ声を張り上げた。
「葬儀で、芳名帳へ記帳されていたあなたの氏名ですね? それはただ、金で人を雇っただけでしょう?」
「…………!」
「アリバイ工作会社というのがあります。これは、浮気や不倫がバレないようにアリバイ工作を手助け等してくれる会社です。アリバイ工作のための代理出席なんかも仕事の一つですよ。知人に代理を頼むと説明が面倒だし怪しまれる恐れがある、このような業者を利用したとみて、ほぼ間違い無いでしょう。彼等には当然、守秘義務がある。しかし、あなたが犯罪を行った疑いがある場合は話が別です。犯罪の片棒を担いでまであなたの秘密を守ることは彼等はしませんよ?」
「…………」
 出川がガクリと肩を落とした。垂れ下がった手からは財布がこぼれ落ちた。
「……俺が……やりました……」
「……出川さん……なぜこんなことを? 失敗したときのこととか考えなかったんですか? そもそも、なぜ豆腐なんかで?」
 秋山が疑問を投げ掛けた。
「あいつが憎かった……俺はあいつが、オヤジの弁当をろくに食いもせず捨てているのを何度も見た。あいつは自分が豆腐嫌いだからってあんなウソを……そのせいでオヤジは……オヤジは豆腐が大好きだった……豆腐はオヤジの全てだった……きっとオヤジは、自分の手で復讐したかったはずだ……! だから俺は、オヤジの分身ともいえる豆腐であいつを―」
「出川さん、あなた一体、リハーサルで何丁の豆腐を駄目にしました!? まして、復讐の道具としてお父さんの愛した豆腐を使うなんて、そんなことでお父さんが喜ぶと、本気で思っていたんですか!」
「!」
 春日の言葉に出川は身を強張らせた。
「……この犯行にはタイムリミットがあった。ビルが完成してしまえば当然、設置された防犯システムによってビル内に隠れたり忍び込んだりすることは不可能になってしまう。下準備に加え、日々の作業に手を抜いて仕事をクビになるわけにもいかない。出川さんあなた、ここ数週間、体力的にも精神的にも相当キツかったでしょう……仕事もよく頑張ったんでしょう……。でもね、その頑張った理由が復讐じゃ、誰も褒めてはくれないんですよ!」
「………………」
 疲れ果てた男はぺたりと床に腰を落とし、そのまま壊れたように動かなくなった。
「…………」
 秋山は出川の両肩に手を添えると、支えるようにして立ち上がらせ、静かにその背中を押した。春日はされるがままに歩く出川の背中を、いろいろな感情がないまぜになった表情で見送った。
 そして、その後ろ姿が見えなくなると、堪えていたものが一気に溢れだした。