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推理げえむ 1話~20話

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「ええと、今朝の話なんですが……この建設現場で警備員をしていた小松さんという男性が遺体で発見されたんです。死因は鈍器のような物で後頭部を殴られ、延髄を損傷したことによる呼吸不全です。死亡推定時刻は午後十一時。朝、現場入りした作業員がここ、一階中央フロアで倒れている小松さんを発見しています」
「うん……」
 春日は話を聞きながらライトの光を床に当てた。床には一面、20センチ四方のタイルが敷かれており、それによって碁盤のようにマス目が形成されていた。
「小松さんは壁に近い位置でうつ伏せに倒れており、傍にはライトがオンになった状態で転がっていました」
「ふむ……」
 春日は秋山が指差した方向にライトを向けた。既に鑑識も終了し、遺体は運び出されている。次に壁にライトを当て、その光を上の方へ滑らせると手摺が見えた。
「……一階から上はどうなってるの?」
「全ての階で真ん中が吹き抜けになってます。そしてその外側がぐるりと通路になっていまして、更にその外側がテナントスペースになっています。ですからどの階の手摺からでも中央フロアを見下ろすことができます」
「へえ……」
 春日はライトの光をどんどんと上の方へ向けていった。
「このくらい大規模な工事となると、平日は夜間でも内装工事なんかが行われていて絶えず人の出入りがあるそうなんですが、日曜である昨日は工事が休みのため、ビル内は完全に無人となっていたそうです。小松さんは通常外にあるプレハブ造りの守衛室に詰めていて、夜間は数時間おきに、ビル内に異常が無いか巡回していたそうです。そこを襲われたものと思われます。そして、遺体の周りの床には沢山の引っ掻き傷が残っていました。どうやら、犯人はスパイクを履いていたようです。そのため、残念ながら足形を採ったりはできませんでした。そして今回、使用されたとみられる凶器が―木綿豆腐です」
「………………」
 春日はボサボサの頭をボリボリと掻いた。
「遺体の後頭部には砕けた豆腐が付着していて、周りの床にも豆腐の欠片が四散していました。これがその、豆腐の欠片の一つです」
 秋山はシャーレを取り出すと開いて中を見せた。春日はそれを覗き込むと指先で摘んで感触を確かめた。やや乾いてはいるが、豆腐特有の弾むような弾力があった。
「それで、ですよ。実はボク、今回の事件がどんなものなのか、少し考えがあるんです。で、それが当たっているかどうか、先輩の意見を聞きたいんです。今日来て貰ったのはそのためでして」
「ほほう」
「では問題です。人の頭を豆腐で殴るとどうなるでしょう?」
「おこられる」
「そうです。豆腐まみれになります。そりゃおこられます。豆腐で殴られて死亡するなんてまずあり得ません。しかし、豆腐で人を撲殺する方法があるんですよ」
「ふうん?」
「それは……豆腐を凍らせてしまえばいいんですよ! 犯人はカチコチの豆腐を手に持ち、闇に紛れて小松さんの背後から忍び寄り……」
 秋山は離れたところに透明な小松を立たせると、腕を振りかざしたまま足音を殺して近付き、そして、力強くその腕を振り下ろした。
「こうして、砕けた豆腐は周りに飛び散り、小松さんは前のめりに倒れた、と」
「ううむ……」
「駄目ですか?」
「いやまあ、そんなもので殴られれば、そりゃ死んじゃうよ。でも、なんで豆腐なの?」
「はい。ただの氷でも良いじゃないか、ってことですね? へへ、その理由もちゃんと考えてあります。犯人の家に適当な容器が無かったんですよ」
「容器?」
「はい。例えば、水を四角いレンガの形に凍らせるためには、まず容器に水を満たして、それから冷凍庫に入れて凍らせる必要があります。しかし生憎、犯人の家には適当な大きさの容器が無く、何らかの理由で容器を用意することもできなかったんですよ。それで犯人は仕方なく、豆腐を凍らせることを思い付いたんです。豆腐ならばそのままの形で冷凍庫に入れることができますからね」
「お、スジは通るねえ」
「へへへ、そうでしょ!」
「でも、適当な容器すら用意できない理由って何よ?」
「えっ? ……あ……いや……それは……」
「いやそもそも、氷である必要も無いよね? 氷を凶器に使用するメリットは溶けて無くなることだけれども、今回のような場合、まず、凍らせた物を使う必要が無い。何でもいいから鈍器で殴って、凶器は持ち去ればいい」
「あ、まあ、そ、そう言われれば……そんな気も……」
「それに、返り討ちに遭う危険を冒してまで警備員に襲い掛る? それ程の価値がこの建設中のビルに?」
「そ、それはだから、犯人にも、のっぴきならない事情があって……」
「だから! 警備員襲って、その上凶器が豆腐で、その凶器を現場に残していくメリットは何だって聞いているんだよ!」
「あ、そ、それは……えっと……あの……」
「え、何だって!? 聞えなーい。もっと大きな声で言ってくれますかー」
「う……ううっ……ぐすっ……うぇっ……」
「はっ! 泣けばそれで済むと思っているのかい!? 見上げた心掛けだねえ! ええ? 刑事さんよぉ!」
「えーん、ごめんなしゃーい! ごめんなしゃーい!」
 春日が酷く意地悪に見えるが、これは彼等のプレイなのであった。
「それにだね、君の推測には大きな瑕疵がある。君は犯人が凍らせた豆腐で小松さんをどついたと言ったが、豆腐は凍らせると変色し、解凍された後は傷んだスポンジのようになって、その弾力も失われてしまうんだ」
「え? そ、そうなんですか?」
「そう。一度冷え切ってしまうと、二度と元には戻らないんだよ」
「恋と一緒なんですね」
「そうだね。だから、回収された豆腐の状態からして、凍らせた物ではなかったということになる。小松さんは何らかの鈍器で殴られ、その後豆腐をかけられた、と考える方がまだ分かる」
「しかしですね、殴った後、豆腐をかけるってどういうことですか? 意味ナイですよね?」
「うん……何かの見立てか、儀式的な意味か……それとも遺体を辱めるためか……」
「むー……どれもピンときませんけど……」
「他に何か手掛かりになりそうなものはないの?」
「そうですね、えっと……遺体の傍の床に何か薬品がこぼれていたんで、成分を調べたところ、接着剤のはがし液だと分かりました。事件と関係があるのか、単にこの建設現場の作業で使われたものなのかはまだ判りません。それと、小松さんが建設会社かビルのオーナー会社が抱える何らかのトラブルに巻き込まれたのか、または小松さん自身が人から恨みを買うようなことが無かったか聞き込みを始めたところ、なんと後者の方で、そんな話があったんですよ。しかもモロ豆腐絡みでした」
「それを先に言え」