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推理げえむ 1話~20話

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『そ、そうだ! 水恐怖症の兄貴には遺体をプールに浮かべるのは無理だ! 水を張った洗面器とはワケが違うよ! 近付くことすらできない!』
「何言ってんの。これが一番簡単なことじゃないか。プールの水を一旦全部捨ててしまえばいい」
『……あ……あれ……?』
「自家用プールは、お風呂の湯船みたいに底の方にゴムの栓が有るわけじゃないよ。排水や給水はバルブを捻って行うか、コントロールパネルのボタンで操作するんだよ。水をきれいに抜いた後、服を全部脱がせて遺体をプールの底に置き、再び水を溜めたんだ。こうすれば、漫画家は自らプールに入ったが酔っていたため溺れた、って見えるわけさ」
『……そ、そんな……』
「そう、これは、できるはずがない、を逆手に取った犯行だったんだよ。様々な障害を抱えているお兄さんだからこそ、このような方法を採り、容疑者から外れようとしたんだろうね……。多分、お兄さんは君達がチャットをする度に一階へ下り、充分下調べを行った上で犯行に及んだんじゃないかと思う」
『マ、マジかよ……あの兄貴が……あ、あのさ……弟の方は……この犯行に関わっているの……?』
「いや、お兄さん単独による犯行だと思うね。もし二人で共謀してやったのなら、例えば、パソコンをもう一台用意して、弟さんが一人二役を演じ、お兄さんもチャットに参加しているかのように見せ掛ける等して、アリバイを作ろうとするはずだ。それに何より、事件の手掛かりとなる情報を君に教えることは絶対にしないはずだ。弟さんは関与してないと思っていいだろう」
『……ひ、独りで……弟のためにそこまですんのかよ……弟の無念を晴らすために? ……馬鹿じゃん……』
「…………」
『で、でもさ、それは、やったかもしれないっていう可能性だけで、やったっていう証拠なんか何も無いでしょ?』
「いや、お兄さんは今回、いくつかの小道具を使用したはずだけど、基本的にひきこもりだから、外で物を購入したりできず、家の有り物を使うしかない。たとえ宅配便を使っていたとしても、大きな荷物は弟さんの注意を引いちゃうから、小物に限られただろうね。そして、外に出られないという同じ理由で、使用した道具を遠くに捨てに行くことができないから、まだ部屋に隠し持っている可能性が高い。他には、漫画家の部屋の水の使用量を毎月のものと比較してみるのも手かもしれない。水を捨てて溜め直した分だけ差が出ているはずだ。そして、水を捨てて溜め直すという作業は二十分や三十分では済まない。現場に長く居れば居る程、そこに痕跡が残り易いからね……バキュームマシンで集めた埃を細かくチェックするくらい徹底的にやれば、お兄さんの体毛の一本くらい、出てくるかもしれない……」
『そ、そんな……か、春日さん……ぼく、どうしたらいい……?』
「知らないよ。警察に通報するなり、見ぬフリをするなり、それをネタに脅迫するなり、好きにすればいい」
『……………………』
 長い沈黙が続き、春日はただ静かに冬木の答えを待った。
『…………じ、じゃああの……じ、自首を、勧めるよ……。真実を問い質して、自首するよう、せ、説得する』
 春日は向こうには聞こえないように小さく笑った。
「そう? じゃあ、どうしようか。どうやって説得する?」
『ぼ、ぼくは部屋から一歩も出れないから…………メールかFAXで?』
「そんなザンない勧め方があるかいっ! 『自首しなよ』とか書く気!? アホか!」
『じ……じゃあ、電話で……』
「ダメダメ! 彼の家に行って、直に会って、肉声で伝えなよ!」
『いやいやいやいやいや、ムリムリムリムリムリ! あ、そうだ! あの兄弟、ぼくの顔知らないから、春日さんがぼくのフリして代わりに行ってきてよ!』
「よし、恥を知れ」
『でもほら、ここまでの話の流れだと、もう春日さんはぼくの兄貴みたいな感じ、みたいな、そんなニュアンスだからここは一つ、弟のために一肌も二肌も脱いで、超すっぽんぽんのまる出しの方向で!』
「なにをこんな時だけ調子のいい! 君さっきはっきりと兄貴なんていらないって言ったじゃないか! え、冬木君! ちょっと聞いて……あ! 切りやがった!」
 その後しばらく、冬木の携帯やパソコンに連絡がとれなくなったのは言うまでもない。

 かくして春日は、兄を説得するよう、冬木を説得するのに、十日を要したことをここに記しておく。
 冬木のたどたどしい説得を受け、兄は春日が予想した通りの行動を採ったことを素直に認めた。そして自首の勧めにも応じ、春日や秋山の付き添いのもと、警察へと出頭した。その傍らには、いつまでも弟の姿が在った。
 
 
 
   第十七話 傀儡

 ある日、夕方の混雑までにはまだ時間がある一般道を、春日書店号がのろのろと走行していた。
 アクセルを踏んでも、くたびれたどノーマルのエンジンはわんわんと唸り声だけは勇ましく、スピードは一向に伸びない。しかし先を急いでいる様子も無く、ハンドルを握る春日の表情は実にのんびりしたものだった。助手席では秋山が更にユルい表情で風に前髪を遊ばせており、信号待ちではルームミラーにぶら下がった御守りがアイドリングを受けてピコピコと踊っていた。
 やがて車は、低い生垣に囲まれた、ブランコと滑り台しかないような小さな公園の前を通り掛かった。二人がなんとなしに公園の中へと視線を移すと、制服姿の夏目が、ものっ凄く荒々しくブランコを漕いでいた。
 二人はさっ、と眼を逸らすと、何も見なかったことにして、スルーを敢行した。
 二人が嵐の気配を察知し、巣へ逃げ帰る小動物のような心境でいると、秋山の携帯が鳴りだした。発信者を確認した秋山は、春日を見た。春日は前だけしか見ていない。秋山は窓を閉めると通話ボタンを押した。
『今、横通ったでしょ。なんでシカトすんの……?』
 受話部から流れ出た声は、よく知った声だった。
「え、な、何が? どこかですれ違った? ごめん、気が付かなかったなあ、ははは」
『いいから。誤魔化すとかいいから。ちょっと来て』
 それだけ言うと、電話は切れた。春日は直ちにUターンの準備に入った。
 路肩に停めた車から、胸に『春日書店』と入ったエプロンを掛けた春日と、背広姿の秋山が飛び出し、園内へ駆け込むと、夏目の前に整列した。
「や、やあ。夏目君、な、何かあったの? ご機嫌斜めみたいだね……はは」
 春日がギクシャクと片手を上げた。
「い、今学校の帰り……? はは」
「…………」
 春日と秋山が額に汗していると、夏目が重々しく口を開いた。
「……ねえ知ってる? 今アメリカがね、大不況なの……」
「…………」
「…………」