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推理げえむ 1話~20話

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「……照屋さんは上半身裸だったって言ったよね、飛び降りる直前まで運動してたとか?」
「え? どういうことですか?」
「体の筋肉の中には、運動エネルギーの源となるATPという物質が含まれているんだけど、このATPは死亡するとどんどん失われてゆく。そして、筋肉中には筋肉の収縮をつかさどるアクチンとミオシンというタンパク質も在って、この二つがどんどん結合してアクトミオシンという物質になり、これが筋肉を硬化させるんだ。これが死後硬直ってやつだね。そしてこのATPってやつは死んだときだけじゃなくて、運動することによっても失われる。だから、筋肉が極度に疲労しているときに急死すると通常よりもずっとはやく死後硬直がでることがあるんだ。わかる?」
「いいえ」
「うむ」
「あ、確かに照屋さんの部屋に、あのあれ、自転車のペダル漕ぐトレーニングマシンとか、ダンベルとかありましたよ。でも、照屋さん汗かいてませんでしたし、パンツも汗で湿ってたりはしてませんでしたよ?」
「そう……まあ、自殺する直前にメタボを気にして運動なんかするわけないか……」
 春日はライトを借りると辺りを見渡した。すると少し離れたところで、同じように芝生が窪んでいるところを見付けた。
「秋山君? なんでそこ、窪んでるわけ?」
「ああそれ、わかんないです。ボク等もそれには気付いてたんですけど、特に関係無いだろうということで」
「ふうん……。ん?」
 窪みの傍に何か落ちていた。ハンカチで拾い上げてみると、真新しい吸殻だった。春日は首を動かすと今度はマンションを見上げた。
「…………秋山君、次は照屋さんの部屋を見せてくれるかい?」
「あ、はい。こっちです」
 エントランスでの事情聴取はまだ続いていた。女はいまだ気が落ち着かない様子で、しゃくりあげては嗚咽を漏らしている。警官の方は一向に仕事がはかどらないとみえ、苦い表情をしていた。湧川は春日達が横を通り過ぎるとき、軽く会釈だけした。
 エレベーターに乗り込み扉が閉まると、秋山はつい犬のおまわりさんのワンフレーズを口ずさみそうになった。が、春日に不謹慎だと怒られそうな気がしたので止めた。エレベーターが上昇していると、春日が何か言おうとした。が、口を開けたままピタリと固まる。そして、結局何も言わず、階数表示に視線を戻した。
 
「この新築マンションにはまだ、照屋さんしか入居者がいなかったそうです」
「あ、そうなんだ」
「部屋の購入は済んでるけど、引越しはまだっていう方が結構いるみたいで、照屋さんも引越してきたばかりだったようです」
「ふうん……」
 春日は部屋に上がるとリビングをざっと見渡した。秋山の言った通りエアロバイクやダンベル等のトレーニング器具が幾つかある。手で触れてみたがどれも埃が積もっているようなことは無かった。次はベランダに出てみた。がらんとしていて物干竿には何も掛っておらず、あるのは床に置かれた缶の灰皿だけであった。缶の蓋を開けて中を見ると、下で拾ったのと同じ銘柄の吸殻がモリモリ入っている。
「うん? なんじゃこりゃ?」
 吸殻に混じって丸められた糸が捨ててあった。ピンと一本に伸ばしてみると、一方の端に焦げて焼き切れた跡があった。他に何か無いか灰皿の中をゴソゴソしていると、更にもう一本同じような糸が見付かった。
 次に照屋が身を乗り上げていた手摺を見てみる。手摺は幅が二十センチ程あり、マンションの外壁と同じ材質で、しっかりとした造りがされていた。
「これだけの幅があれば、この上で完全に寝そべることだってできちゃうな……。それで、こっから下に落ちちゃったわけかぁ……」
 春日は手摺から顔を出すと下を向いて地面を見た。
「はい。付近の住人が数人で、広げた毛布をクッションにして受けとめようと相談したそうなんですが、『あいつはこれ以上近付いたら飛び降りると言っている、もうこれ以上刺激しないでくれ』と湧川さんに止められたそうです」
「ふむ……」
 春日は手摺の上を端から端まで触ってみた。ベタつくところは無い。
「それとこれも、目撃者の一人から聞いた話しなんですが、湧川さんは、落下した照屋さんに駆け寄った後、『急いでこいつの婚約者と実家に電話する』と言って照屋さんを他の人に頼み、マンションへ入っていったそうです」
「マンションへ入った? この部屋へ入ったってこと?」
「はい。これは湧川さんにも直接お聞きしたんですけど、婚約者の方とは友人なので当然連絡先を知っていたが、実家の家族の番号はここへこないと分からなかったから、と」
「そりゃそうかもしれないけど、どうやって入ったの? ドアの鍵、開いてたの?」
「合い鍵を持っていて、それを使って入ったそうです」
「合い鍵を持っていた? …………ふつう友達の家の合い鍵って持ってる?」
「そこはボクもツッコミました。そしたら湧川さんが言うんですよ、『例えば、もし俺と照屋が実の兄弟だったら、合い鍵を持ってることは不自然ですか? 血は繋がってなくとも、俺はあいつのことを弟と思っていたし、それだけあいつとの付き合いは長く、親密だった』と、こうですよ」
「うーん……そう言われたらまあ、うーん……」
「先輩……もしかしてこれって殺人事件なんですか……?」
「……うん、多分……そう……だと思う……」
「湧川さんや近所の住民が下で見てる中、犯人が照屋さんを突き落としたっていうんですか?」
「あーいや、そうじゃなくて……」
「それともあの手摺からワイヤーの跡とか、何かトリックを使った痕跡でも出たんですか?」
「いや、それは全然無かった……」
「じゃあ一体誰が、どうやって?」
「……それはまだ……なんとも……」
 春日はベランダを後にすると、室内の物色を開始した。

 春日が台所から声を掛けたのはそれからしばらく経ってからのことだった。
「おーい、秋山君、ちょっとこれを見てよ」
「何か見付かりましたか」
 春日は冷蔵庫を開けて中を調べているところだった。
「これこれ」
 春日が冷蔵庫のドアポケットに納められた2リットル入りのペットボトルを指した。ボトルに細かく何かが付着している。
「何です? ホコリですか?」
「いやいや、これは灰、だよ。外の気温でボトルが汗をかいているときに張り付き、ボトルが乾いた後もそのままくっ付いているんだよ」
「灰? 何の灰ですか?」
「わからない? じゃあそれは後でゆっくり……。残るは、アレがどこかに隠してあるはずだけど……まあ、どこにあるのかは隠した本人に直接訊こう」
「と、ということは解ったんですか!?」
「ああ、謎は解けたよ……!」
 春日の言葉に秋山のテンションがエレクトする。
「よっしゃあ! では憲法に則り、関係者を一堂に集めて先輩による推理ショーといきますか!」
「ああいやいや、それは無しの方向で。結婚はまだとはいえ、奥さんの気持ちを考えるととてもパフォーマンスなんてできないよ。犯人が友人となればなおさらだ……」
「え……じゃ、じゃあ……!」
「うん、犯人は湧川さんだよ」

※湧川はどのようなトリックを実行したのだろうか?

 春日達によって呼び出された湧川が照屋の部屋を訪れた。