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推理げえむ 1話~20話

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「いや、先輩に書き置きとかしておいた方がいいのかな、って。眼覚ますかもしれないでしょ」
「ふむ、そうね……。いいわ、あたしが書いといてあげる」
「うん、お願い」
 夏目は鞄からメモ帳を取り出すとシャーペンをノクした。
「どう、書けた?」
 秋山がグラスを片付けて戻ってきた。
「ん」
 夏目は秋山にメモを見せた。切り取られたメモ用紙の真ん中には春日に向けたメッセージが書かれていた。『留守を頼む』。
「いや夏目ちゃん、確かにそうなんだけど、状況を把握するには情報が少な過ぎるよね? 眼が覚めたら知らないところにいて、その上こんなメモまで残されていた日にゃ、もしボクが先輩の立場ならパニックに陥ること請け合いなんですけど……」
「スガッチなら大丈夫よ。そこはお得意の推理でも働かせるがいいわ」
 夏目は寝室まで行くと春日の傍にしゃがみ込み、顔と眼鏡の間にメモを挟んだ。

 気持ち良さそうにフラフラと歩く神田を先頭に、夏目達は一路防波堤を目指した。この夜遅くに制服のまま外をうろつくのはマズいということで夏目にはパーカーを羽織らせたが、元々民家が少なくなってきている地域な上に、時間も時間なので人や車とすれ違うことは全く無かった。
「あのマンション越えたらすぐ海だよ」
 神田が前方を指差す。大きく拓けた土地に背の高いマンションが建っていた。
「へえ、豊見さんとこみたいに、まだ残っている建物が在ったんですね。あれもその内取り壊されちゃうんですか?」
 秋山の疑問には豊見が答えた。
「ああいや、あのマンションは新しい街のモデルとなるべく先駆けて造られていた新築マンションだよ。これからどんどんとあんなのが増えていくんだろう」
「へえ、そうなんですか」
「あ、風に海の匂いが混じってるかも」
 夏目が明るい声を出した。頓挫しかけた計画が再開されたとあって、その足取りは軽い。
「え、本当? どれどれ……」
 秋山はくんくんと鼻を鳴らした。
「うん? これ何の音?」
 しかし秋山が感じ取ったのは潮の香ではなく、水の音だった。水が跳ねる音だ。音の出所を探ると前方に見えていたマンションからだった。屋外照明の弱い明かりではいまいちはっきりとしないのだが、後数メートルのところまで近付いて大体音の正体が解った。マンションの外壁に散水栓が設けられているようなのだが、壊れているのかブシュブシュと音をたてながら勢い良く水が噴き出しており、辺り一面を水浸しにしていたのだ。
「何だろ、水出しっぱなしで。誰かのイタズラかなぁ……」
「このままにしておけないわね。止めましょう。どこかに傘とかないかしら」
「うーん……無いねえ」
「あ、良い方法考えたわ」
 夏目は秋山の背後に回ると上着の背中を掴み、秋山を盾にしてグイグイ進んだ。
「え、あ、ちょ、夏目ちゃん!? あばばばばばばっ! や、やめ……うん……!? うわぁぁぁ!」
 秋山が悲鳴を上げて腰を抜かした。近くに行くまでは全く気が付かなかったが、すぐ足下に一眼で死んでいると判る男が転がっていた。男の身体は首も肘も膝も、そのどれもが不自然な方向にねじ曲がり、アスファルトの上で糸を切られた操り人形のように横たわっていたのだった。


 その後、秋山の報せを受けて駆け付けた警察によって現場の見聞が行われた。
「それにしてもびっくりしたわね」
 夏目はハンカチを絞った。
「…………そうだね」
 秋山は上着を絞った。
 二人は既に警察の聴取を受け終え、休みを取っているところだった。遺体も既に運び出されている。
「あたしが遺体に触れてみたら、顎や節々に硬直が現れていたわ。そうよね?」
「ボクは触らないでって言ったんだけど、そうだね」
「てことは、あの遺体は死後一時間から二時間ってことになるわよね」
「なるね」
「あの男の人、このマンションの住人だったの?」
「うん。九階に一人で住んでたみたい。土本さん、だったかな」
「……水道が噴水みたいになってたアレは何?」
「パイプの繋ぎ目が何らかの道具を使ってへし折ってあったみたいだよ」
「そう。……じゃあ問題は、その土本さんって人を突き落とした犯人が、なぜ水道を壊し遺体をずぶ濡れにする必要があったのか、ね。……取っ組み合いになったとき、土本さんの身体に犯人を特定できる何かが付着してしまって、それを水で洗い流そうとしたのかしら……」
「いや、それがね。まだはっきりしないんだけど、どうも土本さんは誰かに突き落とされたとかじゃなく、自分から飛び降りた可能性が有るんだよ」
「え、どういうことよ?」
「屋上の手摺の前に、土本さんのと思われる靴が揃えて置かれていたんだよ」
「……じゃあ……自殺だって言うの……?」
 夏目は十階建てマンションの屋上を見上げた。
「あそこから飛び降りて……?」
「だろうね。死因は傷の状態からしてアスファルトと身体が激しくぶつかったことによる死亡とみて間違いないそうだもの」
「でも! 靴なんて、土本さんを突き落とした後、犯人がわざと置いたものかもしれないじゃない! 偽装工作よそれ!」
「うん……。だけど、このマンションはエレベーターホールに入るにも鍵が必要なところだし、一階にある非常階段への扉も基本的に内側からしか開かない。おいそれと部外者が入り込める建物ではないんだよ。今もまだ調べは続いてるけど、土本さんの部屋が荒らされていたり、争い合った形跡とかも無いらしいんだ」
「じゃあ、水道が壊されていたのは何だったって言うの!?」
「何かの偶然、と言うか、全くの別件、と言うか……」
「どんな別件よ」
「土本さんが飛び降りる前に水ドロボーか、このマンションにイヤがらせをしようとした人間が現れて、壊して逃げた、とか」
「ちょ、本気!? おかしいってそれ! それに、土本さんの服装憶えてる? ウインドブレーカー着てたでしょ? 自分が住んでるマンションの屋上から飛び降りようって人がわざわざウインドブレーカーなんか着る? これってちょっと変じゃない?」
「いやそれは……何着ようと勝手じゃないかな」
「それに、そうよ、九階に住んでる人がわざわざ屋上まで昇る? 自分とこのベランダから飛べばいいじゃない!」
「ボ、ボクに怒られても……」
「とにかく、情報が足りないわ! アッキー、もう少ししたらまた情報収集してきて!」
「な、夏目ちゃん、この件はもう地元の職員達に任せてさ、ほら、実験もしなきゃだし」
「実験? ああ、そうだったわね。アッキー、そんなに実験が気になるなら一人で行ってきていいわよ」
「えー……」
「不審人物を目撃した人がいないか聞いて周りたいところね……でもこんな時間にドアを叩いて周るわけにもいかないし、困ったわね……。あ、アッキー、実験行く前にちゃんと、捜査の進捗状況を確認しに行ってよね」
「なるほど……夏目ちゃんの中ではもう終わったことなんだね……」
 秋山は女の切り替えの早さを改めて思い知らされた。
 こうして夏目は、昼間刑事の仕事で馬車馬のように働いた秋山を、頑張れ、の一言で更に馬車馬のように働かせるのであった。

「女王のために働くハチになった気分だ」