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推理げえむ 1話~20話

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「そうですか? えっと、じゃあすみません、お言葉に甘えさせて頂きます。 ……先輩! こちらで休ませて頂くことになりました。上行きます。分かりますか? 上です!」
 秋山が指で上、上、とジェスチャーすると春日も上、上、とやってコクコク頷いた。
「そうです。上です。上行きましょう」
「コクコク」
「はい、そうです。上です。だから車を降りて下さい」
「コクコク」
「はい。先輩、分かりますよね? 車を降りて下さい。降りないと上へ上がれませんよ?」
「フハハハハハハ!」
「いや、ここ笑うとこじゃないです。さっさと降りて下さい」
「プイッ」
「さっさと降りろやああああ!!!」
 秋山は春日の頭をばしーんと叩いた。
「アッキー落ち付いて! 気持ちは分かるけど!」
 こうして、春日は男達の手によって水揚げされるマグロの如く車から引きずり出され、そのまま豊見の部屋へと搬送された。
 やっとのことで玄関を潜ることができた秋山達は、段ボールばかりが積まれ、家具はテーブルとソファーしかないようなリビングに通された。
「悪いね見苦しくて、今引っ越しの準備をしているところなんだ」
 豊見が苦笑しながら言った。
「あ、引っ越しされるんですか?」
 秋山はソファーの上に春日を放り投げた。
「うんそう……」
 豊見が奥の台所へ向かった。神田はテーブルを挟んで向かいにある別のソファーに腰を下ろした。
「この辺り、空地ばかりだっただろう? 今ここは開発計画が持ち上がっていて、立ち退きとか取り壊しが進められているんだよ。あとここもね。だから豊見もここから移ることになったんだ。地域の発展のためには必要な開発だと謳ってる奴もいるけどどうだかな……なあ、豊見?」
「……ああ……どうだかな……」
 豊見がボトルとグラスを持って戻ってきた。
「はいこれお水」
「ああどうも」
 秋山はグラスを受け取ると春日の顔をグイッと上に向け、グラスを傾けて春日の口に水を注ぎ込んだ。
「お嬢さん達にも何か用意しようか」
「いえ、あたし達は結構です。どうかお構いなく」
 夏目は小さく頭を振った。
「ふう……ここまで順調だったのに、大分時間喰っちゃいそうね……でも仕方ないか……」
 夏目は春日の頭を胸に抱いた。そして秋山から水の入ったボトルを受け取ると、ボトルを春日の口に向けてひっくり返し、ゴッポゴッポと勢い良く水を流し込んだ。
 空になったボトルを床に転がし、春日も転がしておくと、豊見が今度は茶菓子を運んできた。
「大丈夫かい彼? 何かぐったりしてるけど……」
「どうぞお構いなく、ほっといたら目を覚ますと思うんで」
 秋山がにこやかに答えた。
「ところで、ここから海って近いですか?」
 夏目が神田に訊ねた。
「ん? ああ、そういえばまだ地図書いてなかったっけ。近いっちゃ近いよ。でも砂浜とかは無いよ? ここら辺の海岸はテトラポットばっかりだから。波止ならあるけど」
「波止?」
「うんと、あれだ、防波堤だよ。海岸から沖に向かってこう、道、というかコンクリートが突き出してるやつ。知ってる?」
「ああ、分かります。それって近いですか?」
「……いや、止めた方が良いよ」
 豊見が話に割り込んだ。
「もう暗いし、あそこは十メートル以上も深さがある。足を滑らせでもしたら大変だ。止めておいた方が良いよ……」
「そうですか……。まあ……連れもこんなですしね……」
 夏目は床で動かない春日を見下ろした。ビニール袋をガサガサしていた神田が陽気な声を出した。
「それじゃあ、その兄ちゃんが眼を覚ますまでゆっくりしてったら良い。ここで飲むのも最後だからと思って、しこたま買い込んであるから、お嬢ちゃん達も喰いなよ。豊見も、慣れ親しんだ家と仕事場を一遍に離れるのは寂しいだろうが、今日はパァーっとやろうぜ」
「……ああ、そうだな……」
 豊見は腕時計に眼を落した。
「おっとその前に、片付けなきゃいけない仕事があるんだ。しばらく外すぞ。お前はお嬢さん達のお相手しててくれ」
「おう?」
 豊見は近くにあった段ボールを横にどかした。するとそこにはテレビが隠れていた。豊見はテレビの電源を入れるとリモコンを秋山に渡した。
「ちょっと失礼しますよ、どうぞごゆっくり」
「すみません、ありがとうございます」
 豊見は開けてあった窓を閉めると部屋を出て行った。

 そして、豊見が帰ってきたのは一時間程してからのことだった。
「おう、おかえり! 仕事は片付いたか?」
 息を酒臭くした神田が上機嫌に手を上げた。そして、春日の傍に転がっている空のボトルは二本に増えていた。
「……ああ……」
 濡れた前髪を額に貼り付けて豊見は頷いた。
「それより聞けよ豊見! お前が居ない間、俺だけ飲んでるのも悪いから、お嬢ちゃんに何度も喰い物勧めてたんだけどよ、お嬢ちゃんそのたんびに要らないっていうのよ。何でだって聞いたら、面白いんだぜ!」
 神田は夏目達がどのような目的があって海に向かっていたのかを豊見に言って聞かせた。
「それで海に……」
 豊見は眼を丸くした。
「そんなわけであたし達、できればどうしても海に行きたいんです」
「『達』じゃないけどね……」
 秋山が小さく呟いた。
「な、面白ぇだろ! だからよ、お前が帰ってきたら俺達も一緒に連れてってくれって話してたんだよ!」
「あ、あの波止にか?」
「おう」
「……でも……危ないぞ」
「んん? ああまあ、確かにな。お嬢ちゃん、足下には気を付けろよ。落ちたら大変だからな」
「いや、気を付けなきゃいけないのはお前の方だ」
「おっと」
 神田は唾を飛ばして豪快に笑った。
「だからよ、この兄ちゃんはそのまま寝かせといてよ、俺達も行こうぜ」
「……そうだな……そうするか」
 豊見は床に横たわる春日に眼を落した。
「彼をこのままここに寝かせておくのも可哀そうだから、ちゃんと寝室で寝かせてあげようか。奥にベッドがあるから、そこへ運ぼう」
「いいんですか? お気使いありがとうございます。あ、大丈夫ですボク達で運びますので。夏目ちゃんそっち持って」
「うん」
 春日は万歳をする恰好でズルズル引きずられ、寝室へと運ばれた。
「重い。もういいわここで」
 夏目は寝室に入ったとたん手を放した。
「も、もういいわここで、って……」
「どこで寝てようと『寝室』で寝ていることには変わりないじゃない」
「そ、そうだけど……でもこれじゃ結局、先輩、床から床へ移動しただけってことに……」
「いいのいいの」
 夏目はさっさと寝室を出て行ってしまった。リビングでは豊見と神田がテーブルにあった皿を手に立ち上がっていた。
「よっしゃ、じゃあこれ、タッパーに詰めようぜ」
 豊見と神田は台所へと向かった。
「あ、豊見さん。お水、ありがとうございました」
 リビングへと戻ってきた秋山も春日に水を飲ませるために使ったグラスとボトルを持って豊見達の後に続いた。
「ああ、そのままでいいのに。じゃあ、流しに突っ込んでおいてくれるかな」
「わかりました。……あ、そうだ夏目ちゃん、……か……ほ……かな?」
「は? 何、聞えない。今何て言ったの?」
 夏目はテレビの音量を下げた。