小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

推理げえむ 1話~20話

INDEX|39ページ/67ページ|

次のページ前のページ
 

「いい!? よく聞きなさい。相手に力が無く、やり返してこないことをいいことに振るう拳、それは暴力なの! テレビでよく若手芸人が小突かれたりイジメられたりしてるけど、あれはギャラが発生してるの! 仕事なの! あくまでエンターテインメントなのよ! 社会生活としっかり区別しなさい! あたしはね! なにも『清く正しく生きろ』だとか『弱きを助けよ』とか小難しいこと言ってるんじゃないのよ! 『自分がやられたら嫌なことを相手にするな』って言ってるの、たったそれだけ、わかる!?」
 夏目が更にヒートアップしてゆく。車内の二人が溜息を吐いた。かといってここで止めに入るのも何かが違うだろう。ただ二人が心配なのは、カッとなった夏目はあの幼稚な正義マンごっこを街のちんぴら相手にでもやりかねない、ということだ。春日と秋山は何を見たとしても絶対に手を出すなと夏目にクギを刺している。下手に相手を逆上させて狼藉を働かれでもしたらもう取り返しがつかない。春日達が夏目に許した唯一の行動は警察への連絡、それのみであった。それでも心配な春日は先日、痴漢撃退用の催涙スプレーを夏目に与えた。それを常に持ち歩くよう強制された夏目は、『なによコレ、ポッケがパンパンになっちゃうじゃない』などとぶつくさ文句を言っていたが、春日があまりにもしつこいので目下のところ約束を守っているようである。春日は更に、暴徒鎮圧用のスタンガンを携帯させようと目論んでいる。
 ルームミラーを見ていた秋山の眼元が緩んだ。春日が振り返ると、夏目が少年からランドセルを剥ぎ取り、ボトボトとアスファルトの上に落としているところだった。そして少年達に自分のものは自分で持つよう命じている。
 ぱかっ、と音がした。夏目が少年その一にゲンコツをかました音だ。どうやらその少年が、ランドセルを拾う拍子に何かを言ったらしい。夏目が『もう一度言ってごらん!』と大声を上げている。もの凄く痛いのだろう、少年は殴られたところを両手で押さえ、唇をぷるぷるさせている。そして次の瞬間には踵を返して逃げ出していた。他の少年達もバタバタとその後に続く。そうして最後にはあの、ランドセル押し付けられ過ぎ、の少年だけが取り残された。少年は背負ったランドセルのベルトを強く握り、青い顔をしている。車の二人の位置からでは確認できないが夏目が凄い顔をしているのは間違いない。夏目がグリン、っとバネ仕掛けのように首を捻って少年の方を向いた。少年はびくりとした後、まただらだらと汗を流し、何度も何度も直角に体を折り曲げておじぎをし、やはり逃げるように走り去った。
 仏頂面で後部座席のドアを開いた夏目を春日と秋山が渋い顔で迎えた。
「大人げなくね?」
「最後のゲンコツはどう見ても暴力じゃね?」
 口々に言う男達をギロンと睨むと夏目は言葉を返した。
「違うわ。正義の、鉄槌よ。まったく、最近の子供は目上の人間を敬うってことを知らないみたいだわ」
「そう言うなら夏目ちゃんも年上であるボクに対して、少しは敬意を払って貰いたいもんだね!」
 秋山はここぞとばかりに言い放った。……脳内で。
「だいぶ時間をロスしちゃったわ。スガッチ、車出して頂戴」
「……了解です」
 春日がイグニッションを回した。ルームミラーの位置を直しながら夏目に訊ねる。
「でもね、夏目君。今から出発したら、夜になっちゃうよ? 大丈夫なの?」
「大丈夫。ミナミちゃんトコ行くって言ってあるから」「ええと、確か従姉だっけ」
「そ。口裏も合わせてあるし、明日ガッコ休みだし、となれば一刻も早く現地に向かわないともう、申し訳が立たないじゃない」
「誰に? ……てか、何で僕達も行くの?」
「つべこべ言わないの! こういうのはみんなで行った方が楽しいじゃない! 何よ、あたし一人で行けって言うの?」
 そう言われたら、もう何も言い返せない。春日は溜息を吐くとアクセルを踏み込んだ。
 今回の目的地は海である。それはある科学実験のためであった。海で食べる焼きそばやバーベキューがなぜあんなにも美味しいのか―夏目はそれを潮風に含まれる塩分が食べ物に付着し、それが絶妙な調味料となり旨みが増すのだ、と仮定した。ならば、天然塩の名産地の潮風を受けた食べ物は、それは美味しくなるに違いない、と発想を飛躍させ、ならば検証するしかない、という考えに至った次第である。
「別に夜になってもいいのよ、海で食べると気分で美味しく感じるのかもしれないじゃない? 今回は視覚には頼らず、味だけで判断したいから。それと、しばらく潮風に晒したおむすびAと、普通のおむすびBを、どれくらい味に違いがでるかも食べ比べてみましょ!」
 夏目は脇に置いた鞄をポンポン叩いた。
「カップ焼きそばも同様にね! 本当はバーベキューでやりかったけど、手間が掛り過ぎるから断念したわ」
 全てを断念してくれ、静かに前を見据える二人の顔にはそう書かれていた。しかしたとえ口に出せたとしても、ルームミラーに映る確変時のパチンコ台並みに煌びやかな笑顔を見せているこの娘を止めることは到底無理だったであろうが。

 塩が生産される程きれいな海、となるとやはり都会から遠く離れたところ―となり、車を走らせるにつれ、次第に民家やすれ違う車は減っていった。そして更に車を走らせ、とっぷりと日が暮れた頃―
 
 一行は道に迷い、車も壊れた。
 
「えっと……さっきここから入ったと思うから……うーんと……今この辺り……?」
 修理を呼ぼうにも何と言う地名のどこに呼べばいいのかも分からず、秋山が車内灯を頼りに地図と格闘している。
「お腹空いた……ノド乾いた……」
 春日がハンドルにつっぷしてぼやいた。
「もう、なんなのよここ」
 夏目が車の外に眼をやった。近く大規模な開発計画でもあるのか辺りは大きく切り拓かれており、右を見ても左を見ても剥き出しの地面ばかりが拡がっていた。
「な、夏目君。海に近付いているのは間違いないんだし、もう殆ど海みたいなものだから、ここで始めてもいいんじゃない? ……実験」
 春日は勇気を出して言ってみた。
「イヤよ! 何でこんなところで!」
「ち、ちょっと閑散としてるけど、落ち付ける良い所じゃないか」
「閑散どころか更地じゃない! 別に賑やかな所が良いって言ってる訳じゃなくて、砂浜とか、最低限のロケーションは欲しいのよ! ちゃんと実験した場所、どこどこって書くんだから!」
 鬼の新聞部部長が眼を吊り上げた。
「そ、そうだよね! ムード大事だよね! ほら秋山君! 現在地の割り出し急いで!」
「や、やってますよぉ」
 春日と秋山は車の外に首を出した。するとちょうど、遠くで車のヘッドライトが光った。
「やった、助かった、車だ!」
 二人は急いで車の外に出た。
 合図をして車に止まって貰うと、運転席にはラフな服装をした中年男が座っていた。
「車が壊れた? へえ、奇遇だねえ。俺今からダチの家に飲みに行くところだったんだけど、そいつ腕の良い修理屋なんだわ。診て貰ったらいいよ」
「本当ですか!? 連絡取れますか?」
「なんなら連れてってあげるよ、ついでだから。ちょっと待ってな」